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**やさしい跫音(あしおと)


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あいつは時折、目をつぶって何かに耳を澄ましていることがある。

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何度目かの目撃後、気になって問いかけてみた。
セスはひとつ目を瞬いた後、俺の言わんとした事を理解してああ、と頷いた。
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音だよ」
「あしおと?」
「そう。
音を聞いていたんだ」
音ってあれか、歩くときに立つ音…」
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言って、足元の床を踏み鳴らしてみせたら、セスは吹き出しやがった。
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「…オイ?」
「だって。テッドが真面目な顔して突然足踏みしだすからさ、何かと思ったよ」
「う、うるさいっ。 解りやすく体現してやっただけだろうが」
「そもそも、それ以外に“あしおと”ってあったか?」
「揚げ足取るんじゃねーっ!」
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叫んでから、はたと気付いて慌てて口をふさぐ。
恐る恐る周りを見渡せば、驚いたり興味津々とこちらを伺ういくつもの視線とかちあった。
それは興味も沸くだろう。『無愛想で寡黙、人との関わりを極力避けている人間』で通っている俺が、大声だして軍主に食ってかかっているのだから。

そいえばここは人通りの多い甲板の上だった。今更気付いたうかつな自分を殴ってやりたい気分だ。
最後にセスに目を戻すと、こちらは取り立てて驚いた様子も無い。
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……こいつの前では随分と繕い切れないボロが出ているから今更なんだろうな。
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はあ。
溜息をついた俺に、「笑って悪かった」しれっとした顔で言うものだから、海に蹴落としてやろうかという衝動に駆られる。しかしそれは三度の飯より泳ぐのが好きなこいつを逆に喜ばせるだけの行為だと気付いて、寸で止めた。

むすっと黙り込むと、楽しげに笑っていたセスの表情がふっとゆるむ。
眼を細めて、セスは船上の人々に目を向けた。
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――海の音、風の音、イルカの声、鳥の声…色んな音を聞いているけど。
多分テッドが尋ねてきたのは『
音(あしおと)』の事だと思う」
「耳を澄ますまでもなく聞こえるだろうが、
音なんて。この船は人も多いし」
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不機嫌に言葉を返しながら、何故わざわざそんなものに耳を澄ませていたんだ?と更に首をひねる。

釈然としない俺の表情に気付いたのだろう。
今度は引っかかりのない柔らかな笑みを浮かべてから、セスは目を閉じた。
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「耳を澄ますと、たくさんの音が聞こえてくるんだ」
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碧い瞳には瞼を落としたままで、耳に手を添えてみせる。
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「ただの音だけどさ。少し気をつけて耳を傾けてみると、色々と聞こえてくることがある」

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**駆け回っているあの子は、随分と元気になったんだな

**意気揚々とあるいているあの人は、今日はいいことでもあったのかな

**怒ったように荒々しく足を踏み鳴らしているあの人は、誰か親しい人と喧嘩でもしたのだろうな

**疲れたように立ち止まってしまったあの足音の人は、何かあったのだろうか

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「言葉ではないけれど。 音から、人の声が聞こえてくる気がするんだ」
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――ああ、だからか。

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すとんと合点がいったような気がした。
誰かに助けてほしいと思ったとき、何かに縋りたいとき…そんなときに、何も言っていないはずなのに気付くと隣に居て、手を差し伸べてきてくれる。
セスはそんな人間だった。

随分と人心に聡いやつだと思っていたが、こいつはいつも立ち止まって耳を傾けていたんだ。言葉無き、人のこころの声に。
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――もの言わぬ人の声を、耳を澄まして聞こうとしていたんだ。
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「……お前だったら乗員全員の音を聞き分けかねないな」
「一応名前と顔の一致している人の
音は聞き分けられるけど?」
「げっ。 それはつまり、殆どってことじゃないのか!?」
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いつだったかこの大型船に乗っている人の顔と名前は皆把握していると聞いて、よくもまあ何百人もの人間を覚えたもんだとセスの記憶力に呆れたことがあった。
「その手の事は随分と鍛えられたからな」と、微妙に遠い目になったあいつに、そういえばこいつは元小間使いだったかと、別の意味で溜息をついたりしたが…。
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「ちゃんとテッドの音も解るよ。この船に乗ったばかりの頃は幽霊みたいにあまり音をたてなかったけど、最近は随分と音をたてるようになったよな。少しばかり歩き方が乱暴になった気がする」
「この船の連中がほっといてくれれば幽霊の足音のままでいられんだよ」

溜息混じりに返せば、「そういえば昨日もアルドと追いかけっこしてたっけ…」セスが続けたものだから、別段悪いことをしたわけでもないのにぎょっとして後ずさって、また笑われた。

くそうっ。
こいつ、最初は礼儀正しいくてあまり干渉もしてこないから付き合いやすいヤツだと思ってたが、とんでもない大誤算だ。
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その時、遠くからセスを呼ぶ声が聞こえて、俺たちは振り返った。
向こうから手を振っていたのは、確かセスの騎士団時代からの友人たちで、…ケネスとポーラと言ったか。
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「早くいけよ。呼ばれてるんだろ」
「ああ」
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これ以上ペースを崩されては堪らない。自分から引き止めておいてなんだが、俺は追い払うようにそっぽを向いた。
苦笑をもらして彼らの方へと一歩踏み出したセスは、思い返したように立ち止まって振り返る。
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「………何だ?」
「テッド。あの船で初めて会った時よりも、今の君の足音はずっとしっかりしているよ」
「まだその話題を――
「幽霊の足音なんかじゃない。
一度は立ち止まったかもしれないけれど、今はちゃんと自分の足で歩いている、生きた人間の
音だ」
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唐突だったからだけでなく、セスの言葉に虚を突かれて息をのんだ。
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何かをあきらめたようなふりをしているけど、テッドは本当は地面を踏みしめてしっかりと歩いていける人間だと思う。
この先再び立ち止まることがあったとしても、また歩き出せるよ。きっとテッドの跫
は何度でもこの世界に戻ってくる」
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「アシオト鑑定士の僕がいうんだから信憑性があるぞ」、なんて訳の分からないことをおどけ交じりに語尾に続けて、セスは今度こそ振り返りもせずに走っていった。

言葉を失った俺は、ただぼんやりとあいつの後姿を見送る。

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―――去っていったあいつの後から、優しい 音が聞こえた気がした。

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END*****


4主、小間使いで鍛えられた特技発揮の回?(笑)
『やさしい』と題にありながら、ちょっと意地悪な4主でした(笑)。
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今回はテッドも幾らか心を許してきた時期のお話です。

テッドに対してセス(4主)は別段過干渉に接しているわけではありませんが、寂しがりやで人間好きな彼の本性には気付いていて、要所要所で彼の前にある壁を超えていく感じでしょうか。
で、いつの間にかセスのペースに巻き込まれているテッド…?(苦笑)
まあ、戦闘ではかなり行動を共にすることになるので、過干渉するまでもなく共に居る時間は多いのでしょうけどね(笑)。
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ちなみに我が家の4主セス。リノやエレノアに言われて軍主の立場を示すため、乗組員たちに対して敬語を使うことはやめていますが、基本的に礼儀正しい姿勢で人と接します。
しかし気の置かない相手に対してはかなり砕けた態度となりますね。根底が気さくな性質なので。
このサイトで行くと、騎士団メンバー、海賊組、忍者たち、その他。(…結構居る?/笑)
その辺もこれからかけたらなと思っています。
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(オベル王家に関しては、軍主となる前から王家の人として接してたため、どんなに気易いように見えても根底に目上の人に対する態度を持って接します。そんな所を王家の人たちはちょっと寂しく思っていたりするのですが。)

2005/08/16***

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