***
***
***

***

 「――あいつ。気にくわねェ」
 「唐突に何だ、ハーヴェイ。 誰がどうしたって?」
 「あいつだよ、あいつ。」

 シグルドは、相棒が顎を向けた先…ドックのある入り江へ目をやった。
 見えたのは船長のキカと、海賊島から出るために渡し船に乗り込むオベルの王。

***

 「リノ王か?」
 「ちげーっよ! 後ろのあいつだ。あの、赤いハチマキを巻いた――

 妙にイラついたハーヴェイの口調に促されてリノの背後に視線を移したシグルドは、「ああ…」と、初めてその存在に気がついたように呟いた。

 リノの一歩後ろにいたのは、まだ少年の域を抜けたばかりの年頃の青年。
 無表情に立つ彼の何がハーヴェイの気に障ったのかと、首を傾げる。
 警護のオベル兵とは明らかに違う人物が随行する姿は確かに目に留まるが、興味を引く程の事とも思えなかった。

***

 「そういえば昨日、キカ様とリノ王の会談の席にもいたな。 彼がどうかしたのか?」
 「……シグルド。まだ、あいつと目を合わせたことねぇだろう」
 「目?」

 言葉を交わす用もない相手である。面と向かう機会などあろうはずも無い。
 そういえば、こちらを避けるようなところがあった気もするが、海賊を厭う一般人の目など今更だ
 それがどうした?と言わんばかりのシグルドの声音に、ハーヴェイの眉間の皺が更に深くなった。

***

 「チッ。 ――さっき、キカ様はしばらく海賊島で待機だと言ってたよな。 俺は酒場に行ってるぜ。」
 「おい、ハーヴェイ?」

 ハーヴェイは入り江に睨みつけるような一瞥をくれると、くるりと背を向けて歩き出す。
 慌てて声を投げかけるも応えは無く、あっという間に洞窟の中へと姿を消してしまった。

***

 「…どういうことだ?」

 相棒の気まぐれは今に始ったことではないが、今回ばかりは訳が分からない。
 ぼんやりとハーヴェイの後姿を見送っていたシグルドは、我に返って視線をドックへ戻す。
 ……しかし既に小船は入り江を離れた後で、船影が僅かに見えるばかりだった。

***
***


*****

    Blue Impact  〜 Sigurd 〜

*** 


 ***

 ***

 「随分と広い船だな」

***

 2階からサロンをちらりと見下ろして、シグルドは呟いた。

***

 「これだけの広さだ。隠れ鬼などやったら絶対見つからない…どころか鬼も逃げるほうも迷子になるかもしれないな…」

 戯れの言葉だったが、どこか今自分が陥っている状況に被っていることに気付いて、溜息をつく。
 オベル船に乗り移って既に小一時間。
 人を探して船内を歩き続けているシグルドは、日差しの照りつける甲板へと重い足を向けた。

***

++++++++

***

 いま、オベルを脱出した大型船は、キカのつてで海賊達が補給に使う易島へと進路をとっていた。

 大型船がむやみに動いてはクールークに動向を探られかねない。
 更に大型船が接岸出来るほど入り江が大きくないとの理由で、明日には小回りの利く船が別途島へ向かうことになっていたのだが、
 その航海にリノが船長として指名したのはオベルの兵でも民でもない人物で――

***

 「――『セス』 
 ハーヴェイが気に食わないと言っていた、赤いハチマキの彼……か」

 シグルドは、キカの側近として害となるか益となるか、調べた青年の素性を思い浮かべる。

 元ラズリルの騎士団に在籍していたという人物が何故オベルに至ったのか等、経歴は気になるが、実のところリノの後ろに付き従っていた彼の印象は薄かった。
 思い出して浮かぶのは、ひらりひらりと海風に揺れる赤いハチマキ。

***

 「何故ハーヴェイがあんなに意識しているのか解らないな」

 グリシェンデ号での今朝の一悶着を思い出して、肩を竦めた。***

 貿易島といっても、日の下を歩くのを憚るような連中も集まる闇市的な意味合いの強い場所である。
 キカのはからいで、補給船には島へ行った経験を持ち且つ顔が利くシグルドとハーヴェイの2人が同行する事になったのだが……この任命を受けた時、ハーヴェイが大層ごねたのだ。
 結局のところ相棒の主張はキカの一声であえなく封殺され、予定通り二人が船に乗り込むことになっている。

***

 ―――解らないと言えば、オベル王が兵士でもない人物を重用しているのもそうだ
 ―――キカ様も、彼を助力しているふしがある…?

 「……兎に角、明日の出航の打ち合わせをしたいんだがなぁ。オベル船は大きすぎて人探しには骨が折れる」

***

 たまたま立ち寄ったサロンの女主人の助言により、シグルドはようやく青年の居場所の見当を付けて甲板へと上がってきたのだった。

 薄暗い船内に慣れた目には眩し過ぎる日差しを腕で遮りながら甲板をぐるりと見回すと、はたして帆布の日陰の下に探し人はいた。
 果物を手に友人達と談笑しているセスを見つけて息をついたシグルドは、大またに踏み出しかけた足をふと止める。

***

 ―――そういえば、彼は海賊を厭わしく思う気配があったか

 明日の航海に必要な確認とはいえ、海賊の自分が割って入っていけば和やかに寛ぐ彼らの雰囲気を壊すことになるかもしれない。

***

 ―――しかし、ここで足踏みしていても必要事項を先延ばしするだけで時間の無駄だな

 逡巡は数秒で、シグルドは青年達のもとへと歩き出した。

**

 ++++++++

***

 近づいてきたシグルドに最初に気付いたのは、船室側に体を向けていたエルフの女性だった。

**

 「…あの方は」
 「どうかしたのか、ポーラ?」
 「――あの人は確か、海賊団のシグルドさん?」 

 「お寛ぎの所申し訳ありません。少しよろしいでしょうか?――セス様」

  うぐっ!

 食べていた果物を咀嚼しそこねて突然喉をつまらせたセスに、シグルドは目をまるくした。

**

 「げふ、ごほっ!!」
 「大丈夫ですか?」
 「……けほっ……ああ。はい、すいません。大丈夫です。ちょっと驚いて喉を詰らせただけですので」
 「驚く?」

**

 ―――何か自分は彼を驚かすような言動を取っただろうか?

 「あーええと。その…“さま”って、誰の事でしょう?」

 恐る恐る、しかも重要機密について尋ねるような真剣な顔で聞いてくるものだから、何かと身構えたシグルドは拍子抜けしたようにああ、と頷いた。

**

 「セス“様”という呼び方ですか。勿論貴方の事ですが?」

 シグルドの答えに、セスの表情は誰が見ても解るほどに引き攣る。

**

 「何故、僕に対して敬語…様付けなど、するのでしょうか?」
 「明日の航海では貴方が船長ですからね」
 「船長と言っても、今回の航海に限って一時的にリノ王に指名されただけです。シグルドさんは僕よりも年上ですよね」
 「役職や立場に年齢は関係ないものでしょう」
 「ええと。だから、ですね……」

 動揺しているらしい。
 そう多く彼の姿を見た訳ではないが、あまり表情の動かない人物かと思っていただけに、しどろもどろと不明瞭な言葉遣いをする様子は意外だった。

**

 「僕は様付けされるような立場の人間ではないです。 あー…様付けなどで呼ばれたら、自分の事だと気付かなさそうですよ。
 ……それに自分が“セスさま”なんて呼ばれる姿なんて想像できないし薄ら寒くて鳥肌がたってきます…って、ケネス、ポーラ!いつまで笑っているんだっ!!」

 肩を震わせながら後ろで2人のやり取りを見守っていたケネスが、とうとうこらえきれずに笑い出した。ポーラもくすくすと隠し切れずに笑いを漏らしている。
 振り返ったセスが顔を赤くして怒鳴りつけたが、2人の笑いは止まるどころか増すばかりだった。

 シグルドは、そんなセスの違った一面を興味深く見つめていた。
 もっと静かな青年だと思っていた。
 いつも人の一歩後ろの下がって控えているような印象を持っていたが、気を許した人間の前では随分と表情豊かに砕けた調子になるらしい。

**

 「――すいません、見苦しいところを見せてしまって」
 「いえ」
 「そういえば、シグルドさんは明日の航海に関して僕に声をかけてきたのですよね?
 夕餉前に、航海を指揮する主だった人たちが集まった会合の場を持つので、その時に詳しいことをご説明します。 何か必要なものがありましたら、その時におっしゃってください」
 「わかりました。夕方には同行者もこの船に連れてきましょう」
 「今度の航海。 目的地までの航行経験を持っていて、また島を知る貴方がたのお力に頼るところが大きいかと思いますので、よろしくお願いします」

**

 お辞儀の鑑のようなきちりとした姿勢でセスに頭を下げられたシグルドは、恐縮してみせながら、おや?と内心で首を傾げた。

 ―――海賊を敬遠していると思っていたが、存外に礼儀正しい…普通の態度だったな

**

 「こちらこそ、よろしくお願い致します」

 内なる思考は表におくびも出さず、にこりと愛想の良い笑顔と一礼を返して船内に戻りかけたシグルドを、セスの声が呼び止めた。

**

 「シグルドさんっ」
 「何か?」

 駆け寄ってきたセスは息を整えるように一拍置いて、口を開く。

**

 「本当に。 僕に対して敬語を使わないで下さい」
 「先ほども言いましたが、“船長”に対して敬意を払うのは普通――
 「……でも、貴方は“僕”を見ていないでしょう?」
 「 ! 」
 「敬意をはらうのは、貴方が真に見ている方々に対しての筈ですから。 僕に敬語を使う必要はない」

***

 ―――見抜かれた?

**

 目を瞠ってセスを見返した瞬間、

 鋭利な白刃を宿したかのような眼光に射抜かれて、シグルドは息を呑んだ

**

 光湛えた深碧の双眸に飲み込まれるような錯覚に陥りながら、今更に気付く。

 彼の瞳が、四方を囲む大海と同じ色だった事に―――

***

 「シグルドさん?」
 「っあ、いや…」

 訝しげなセスの声で、はっと我に返る。

**

 ―――今のは……

 シグルドは、知らぬうちに入っていた肩の力を吐息と共にゆっくりと抜いた。
 ゆるりと開いた手のひらは汗でじっとりと濡れていた。

**

 ―――まさか緊張していた?自分がこんな若輩な青年に対して…?

 確かめるように再びセスを見るも、別段怯むほどの圧力は感じない。
 ただ、シグルドに対して挑むような気配がひしひしと伝わってきた。

**

 明日の航海、同行する船の船長の座に立つことになった青年。
 しかしシグルドが従うべき“そこ”に見ている存在は、力を貸すよう命じた“キカ”であり、青年を船長に任命した同盟主の“オベル王”であり。
 ……“セス”という個人にはあまり目を向けていなかった。

 形だけの敬意をそつなく見せることなど昔から慣れたものの筈だったが、彼には感づかれたようだ。

***

 ―――自分の存在を見ていないような者に上っ面だけ敬意を払われるふりをされては、それは矜持も傷つくだろう

 相当に不敬な…不誠実な態度を取った自覚はある。
 反感を向けられるのは当然として、じっと睨みすえるセスの眼の中に威嚇する獣のごとき鋭さを感じ取り、シグルドは内心で苦笑を落とした。

 

 ―――この青年。大人しいように見えてその実、内に激しいモノを宿しているようだな
     案外ハーヴェイといい勝負に負けず嫌いだったりするかもしれないぞ

 抑えようとして滲み出る、まだ未熟な若者の気迫は、潔いほどに真っ直ぐ自分に向かってくる。
 陰気のないそれは、相棒程好戦的でないにしても武人気質のシグルドを心地く刺激した。

 真っ向からセスを見つめ返して、シグルドは口元を上げる。

***

 「……ああ。 そう、だな。敬語を使うのはやめよう」
 「!」
 「むしろ君に対して失礼だったな」
 「ありがとうございます」

***

 己の態度に否定も言い訳も無く、口調を砕けたものに戻したシグルドに、セスはやっと厳しかった表情を緩めた。 友人達と話していたときのような柔らかな笑顔を浮かべたセスに、シグルドも愛想ではない自然な笑みを返す。

***

 「では、いったん失礼する」
 「はい。 また後でよろしくお願いします」

**

 ++++++++

***

 先ほどとは一転して軽快な足取りで廊下を歩くシグルドの口元には、笑みが浮かんでいた。

***

 ―――面白い

 ハーヴェイ辺りに見られたら「なに気持ち悪い顔してやがるんだ」と忌避されそうなものだが、愉快交じりの高揚感がそうさせるのだから仕方ない。

***

 リノの後ろに控えていた存在感の希薄な青年が、いかにして気質の荒い海男たちに指示出し海を渡るのかと想像もつかなかったが、どうしてどうして。
 オベル王が船長に選んだ青年は、予想外に骨がある人物のようだ。
***

 「明日からの航海。 彼がどこまで指揮執れるものか……お手並み拝見というかんじだな」

***

***

 ―――それにしても

***

 ふと、シグルドは歩みを止めて振り向き、甲板へと続く扉を見る。

***

 あの一瞬。

 セスから感じた圧力は、尊敬し従う主、キカが纏うものと同質の……

 

   “覇気”

***

 ―――ああ。 ハーヴェイが言っていた『目を合わせる』とは、もしかして“あれ”の事か

***

 あの“覇気”を見たから、妙に彼のことを意識していたのか…?
 視線が合った瞬間、背筋を貫いた電撃のような気迫を思い出して、ぶるりと武者震いする。

*****

 ―――もしかしたら。 “骨がある”という言葉だけではくくり終らない人物かもしれない

**

 シグルドは、青年に対する第一印象に修正を加えた。

***

***

END*****


***
以前、日記に断片として置いていた話に加筆したものです。 
加筆&手直しをしていたら、またまた(…)書いても書いても纏まらず(苦笑) 
だらだらと長くなってしまいました。
***
何だか頭の中がぐるぐるになっております(爆)、その内色々と直しそうです…… 

時期としては、セスがリーダーになる前の話になるのですが 
自分捏造設定(笑)で、この補給船の航海でシグルドやハーヴェイが 
セスを認めることになります。
***
そして、今回セスに対して敬語を使うことをやめたシグルド。
航海の後には再び敬語復活(?)します。その時にはちゃんと自発的に 

2006/3/9***
***

**

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送