*** *** 「――あいつ。気にくわねェ」 シグルドは、相棒が顎を向けた先…ドックのある入り江へ目をやった。 *** 「リノ王か?」 妙にイラついたハーヴェイの口調に促されてリノの背後に視線を移したシグルドは、「ああ…」と、初めてその存在に気がついたように呟いた。 リノの一歩後ろにいたのは、まだ少年の域を抜けたばかりの年頃の青年。 *** 「そういえば昨日、キカ様とリノ王の会談の席にもいたな。 彼がどうかしたのか?」 言葉を交わす用もない相手である。面と向かう機会などあろうはずも無い。 *** 「チッ。 ――さっき、キカ様はしばらく海賊島で待機だと言ってたよな。 俺は酒場に行ってるぜ。」 ハーヴェイは入り江に睨みつけるような一瞥をくれると、くるりと背を向けて歩き出す。 *** 「…どういうことだ?」 相棒の気まぐれは今に始ったことではないが、今回ばかりは訳が分からない。 *** ***** Blue Impact 〜 Sigurd 〜 *** *** *** 「随分と広い船だな」 *** 2階からサロンをちらりと見下ろして、シグルドは呟いた。 *** 「これだけの広さだ。隠れ鬼などやったら絶対見つからない…どころか鬼も逃げるほうも迷子になるかもしれないな…」 戯れの言葉だったが、どこか今自分が陥っている状況に被っていることに気付いて、溜息をつく。 *** ++++++++ *** いま、オベルを脱出した大型船は、キカのつてで海賊達が補給に使う易島へと進路をとっていた。 大型船がむやみに動いてはクールークに動向を探られかねない。 *** 「――『セス』 シグルドは、キカの側近として害となるか益となるか、調べた青年の素性を思い浮かべる。 元ラズリルの騎士団に在籍していたという人物が何故オベルに至ったのか等、経歴は気になるが、実のところリノの後ろに付き従っていた彼の印象は薄かった。 *** 「何故ハーヴェイがあんなに意識しているのか解らないな」 グリシェンデ号での今朝の一悶着を思い出して、肩を竦めた。*** 貿易島といっても、日の下を歩くのを憚るような連中も集まる闇市的な意味合いの強い場所である。 *** ―――解らないと言えば、オベル王が兵士でもない人物を重用しているのもそうだ 「……兎に角、明日の出航の打ち合わせをしたいんだがなぁ。オベル船は大きすぎて人探しには骨が折れる」 *** たまたま立ち寄ったサロンの女主人の助言により、シグルドはようやく青年の居場所の見当を付けて甲板へと上がってきたのだった。 薄暗い船内に慣れた目には眩し過ぎる日差しを腕で遮りながら甲板をぐるりと見回すと、はたして帆布の日陰の下に探し人はいた。 *** ―――そういえば、彼は海賊を厭わしく思う気配があったか 明日の航海に必要な確認とはいえ、海賊の自分が割って入っていけば和やかに寛ぐ彼らの雰囲気を壊すことになるかもしれない。 *** ―――しかし、ここで足踏みしていても必要事項を先延ばしするだけで時間の無駄だな 逡巡は数秒で、シグルドは青年達のもとへと歩き出した。 ** ++++++++ *** 近づいてきたシグルドに最初に気付いたのは、船室側に体を向けていたエルフの女性だった。 ** 「…あの方は」 「お寛ぎの所申し訳ありません。少しよろしいでしょうか?――セス様」 うぐっ! 食べていた果物を咀嚼しそこねて突然喉をつまらせたセスに、シグルドは目をまるくした。 ** 「げふ、ごほっ!!」 ** ―――何か自分は彼を驚かすような言動を取っただろうか? 「あーええと。その…“さま”って、誰の事でしょう?」 恐る恐る、しかも重要機密について尋ねるような真剣な顔で聞いてくるものだから、何かと身構えたシグルドは拍子抜けしたようにああ、と頷いた。 ** 「セス“様”という呼び方ですか。勿論貴方の事ですが?」 シグルドの答えに、セスの表情は誰が見ても解るほどに引き攣る。 ** 「何故、僕に対して敬語…様付けなど、するのでしょうか?」 動揺しているらしい。 ** 「僕は様付けされるような立場の人間ではないです。 あー…様付けなどで呼ばれたら、自分の事だと気付かなさそうですよ。 肩を震わせながら後ろで2人のやり取りを見守っていたケネスが、とうとうこらえきれずに笑い出した。ポーラもくすくすと隠し切れずに笑いを漏らしている。 シグルドは、そんなセスの違った一面を興味深く見つめていた。 ** 「――すいません、見苦しいところを見せてしまって」 ** お辞儀の鑑のようなきちりとした姿勢でセスに頭を下げられたシグルドは、恐縮してみせながら、おや?と内心で首を傾げた。 ―――海賊を敬遠していると思っていたが、存外に礼儀正しい…普通の態度だったな ** 「こちらこそ、よろしくお願い致します」 内なる思考は表におくびも出さず、にこりと愛想の良い笑顔と一礼を返して船内に戻りかけたシグルドを、セスの声が呼び止めた。 ** 「シグルドさんっ」 駆け寄ってきたセスは息を整えるように一拍置いて、口を開く。 ** 「本当に。 僕に対して敬語を使わないで下さい」 *** ―――見抜かれた? ** 目を瞠ってセスを見返した瞬間、、 鋭利な白刃を宿したかのような眼光に射抜かれて、シグルドは息を呑んだ ** 光湛えた深碧の双眸に飲み込まれるような錯覚に陥りながら、今更に気付く。 彼の瞳が、四方を囲む大海と同じ色だった事に――― *** 「シグルドさん?」 訝しげなセスの声で、はっと我に返る。 ** ―――今のは…… シグルドは、知らぬうちに入っていた肩の力を吐息と共にゆっくりと抜いた。 ** ―――まさか緊張していた?自分がこんな若輩な青年に対して…? 確かめるように再びセスを見るも、別段怯むほどの圧力は感じない。 ** 明日の航海、同行する船の船長の座に立つことになった青年。 形だけの敬意をそつなく見せることなど昔から慣れたものの筈だったが、彼には感づかれたようだ。 *** ―――自分の存在を見ていないような者に上っ面だけ敬意を払われるふりをされては、それは矜持も傷つくだろう 相当に不敬な…不誠実な態度を取った自覚はある。
―――この青年。大人しいように見えてその実、内に激しいモノを宿しているようだな 抑えようとして滲み出る、まだ未熟な若者の気迫は、潔いほどに真っ直ぐ自分に向かってくる。 真っ向からセスを見つめ返して、シグルドは口元を上げる。 *** 「……ああ。 そう、だな。敬語を使うのはやめよう」 *** 己の態度に否定も言い訳も無く、口調を砕けたものに戻したシグルドに、セスはやっと厳しかった表情を緩めた。 友人達と話していたときのような柔らかな笑顔を浮かべたセスに、シグルドも愛想ではない自然な笑みを返す。 *** 「では、いったん失礼する」 ** ++++++++ *** 先ほどとは一転して軽快な足取りで廊下を歩くシグルドの口元には、笑みが浮かんでいた。 *** ―――面白い ハーヴェイ辺りに見られたら「なに気持ち悪い顔してやがるんだ」と忌避されそうなものだが、愉快交じりの高揚感がそうさせるのだから仕方ない。 *** リノの後ろに控えていた存在感の希薄な青年が、いかにして気質の荒い海男たちに指示出し海を渡るのかと想像もつかなかったが、どうしてどうして。 「明日からの航海。 彼がどこまで指揮執れるものか……お手並み拝見というかんじだな」 *** *** ―――それにしても *** ふと、シグルドは歩みを止めて振り向き、甲板へと続く扉を見る。 *** あの一瞬。 セスから感じた圧力は、尊敬し従う主、キカが纏うものと同質の……
“覇気” *** ―――ああ。 ハーヴェイが言っていた『目を合わせる』とは、もしかして“あれ”の事か *** あの“覇気”を見たから、妙に彼のことを意識していたのか…? ***** ―――もしかしたら。 “骨がある”という言葉だけではくくり終らない人物かもしれない ** シグルドは、青年に対する第一印象に修正を加えた。 *** *** END***** *** 時期としては、セスがリーダーになる前の話になるのですが 2006/3/9*** |
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