*** 青い表紙の絵本を手にたどり着いた海。 海路と大陸路の交差地として栄える大きな港町に滞在中、シュリ達が食事処としてよく足を運んだ喫茶店があった。(……喫茶店なのにデザート以外に食事メニューも豊富で、味も料理上手なグレミオも納得するなかなかのもの。特に卵料理が絶品だとグレミオは太鼓判を押していた) 顔見知りとなった店員の青年とも良く言葉を交わすようになったシュリ達が、絵本をきっかけに海を見に来たと話した時。 「じゃあ、あなた達は今、本のルーツを辿る旅をしているんですね。 虚を衝かれたように目を大きくしたシュリは、青年の言葉を噛み砕いて胸に落とした瞬間、破顔一笑した。 「――ああ、そうか」 戦争が終結した後、シュリの身に残ったのは呪われた紋章と永遠の時間だった。 紋章を託した親友が辿ってきたように、これから自分も歩んでいくだろう幾数十、幾百年と続く人生の旅路で、何を『目的』に『何処』に進んでいけば良いのか。 ――――そうか。そんな事も旅の『目的』になるのか。 何も難しく考えることもなかったのだ。 胸にかかっていた霧が晴れて、一筋の光明が見えた気がした。 『本のルーツを辿る旅』(自覚はなかったが、どうやら傍からすると自分たちの行動はそう見えたらしい) 数年前、胸の奥底に置き忘れてきた純粋な好奇心や探究心、冒険心といったものがむくむくと湧き上がって来て、自然とシュリの表情が輝いてくる。 隣でシュリの表情の変化を見てとったグレミオは、驚きに目を見張った。 戦場を共に駆け、大人びた面を多く見ていた仲間たちが今のシュリの顔を見たら、驚くのではないか。 グレミオはこみ上げてきた嬉しさに笑みが漏れるのを隠し切れず、シュリに怪訝な顔をされたが、顔を締めることが出来ず、その日一日中満面の笑みを浮かべ続けていた。 *** 一冊の本をきっかけに旅の目的地となった海。 *** *** ***Crossing :1 *** 四方を見渡せども水平線以外見えるものの無い青い大海原の真ん中で、燃えさかるような太陽が容赦なく船を照らしつけている。 目に鮮やかな青空の下で白い日差しを一身に受ける船だが、一歩船内に入ると途端にほの暗さに包まれる。あかり窓の取れぬ奥まった場所ともなるとランプの火が灯されていても、なお暗かった。 水夫たちの休息場兼・寝床として船底近くの荷物置き場の一角に設けられた場所に、2人はいた。 「平気か、グレミオ?」 うなずいてみせるもののグレミオの顔色は悪い。 「無理して笑わなくていい」 「坊っちゃんに面倒をかけてしまい情けないです…」力なく呟いて上掛けの布の中に顔を隠したグレミオの様子に、シュリは聞かれぬように溜息をついた。 *** ++++++++ *** 2人は今、下働きの臨時水夫として、群島諸国へと向かう客船に乗り込んでいる。
グレミオは主人が船倉での下働きを請け負う事に難色を示したが、シュリに労働を厭う気持ちは無い。 手持ちの金は、乗船料金を差し引いても支障がないくらいに余裕はあったのだが、まだまだ長く続く旅路を考え路銀を節約するにこしたことはないだろう。 船に乗り込んで3日目、グレミオが倒れた。 *** *** 「灼熱の太陽が照りつける下で坊っちゃんを働かせるわけにはいきません!」と頑固に捲くし立て、より大変な甲板作業をひとりで請け負った結果だった。 「グレミオはゆっくり休んでいてくれ」 己の体調の悪さを棚に上げてやたらと心配してくるグレミオを何とか宥めて廊下に出たシュリは、思わず舌打ちする。 ――今回は明らかに僕の判断ミスだ。 たった3日の間に、船上での仕事が容易ではない事をほとほとと思い知らされたシュリである。 戦時中に培った体力と気力で何とか乗り切っているが、慣れない環境と仕事にシュリ自身もかなり参っている。 加えて、倒れたグレミオの看病。 物事に聡くたいていの事を器用にこなすシュリも、グレミオの専売特許であり、自分にとっては未知の『看病』…家事といった分野に、なにをどうすればよいのかさっぱり手順が思いつかない。 シュリにしては珍しく、途方にくれて重い溜息をついた。 *** ド、ドドドゥ と。 今、この船は順風で海原を進んでいるのだろうか。 とりあえず喉の渇きを訴えていたグレミオの為に、水夫達に割り振られた水樽に水汲みにいこうと、シュリは船底に向けて歩き出した。 と、その時 「あれ。君は…もしかしてシュリ君?」 覚えのある声を背後に聞きとり、振り返る。 「あなたは、」 目を凝らして見つめた薄暗い廊下の先、 なんで彼がこんなところに――? 「なんで君がこんなところに?」 シュリの内心の呟きと同じ言葉を、青年が口にする。 *** *** Crossing :2>*** 以前web拍手のお礼に置いていた話を加筆修正加えたものです。 2005/10/16*** |
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