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 青い表紙の絵本を手にたどり着いた海。
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 海路と大陸路の交差地として栄える大きな港町に滞在中、シュリ達が食事処としてよく足を運んだ喫茶店があった。(……喫茶店なのにデザート以外に食事メニューも豊富で、味も料理上手なグレミオも納得するなかなかのもの。特に卵料理が絶品だとグレミオは太鼓判を押していた)

 顔見知りとなった店員の青年とも良く言葉を交わすようになったシュリ達が、絵本をきっかけに海を見に来たと話した時。
 彼に言われた言葉が――
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 「じゃあ、あなた達は今、本のルーツを辿る旅をしているんですね。
  素敵な旅の目的だ」
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 虚を衝かれたように目を大きくしたシュリは、青年の言葉を噛み砕いて胸に落とした瞬間、破顔一笑した。
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 「――ああ、そうか」
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 戦争が終結した後、シュリの身に残ったのは呪われた紋章と永遠の時間だった。

 紋章を託した親友が辿ってきたように、これから自分も歩んでいくだろう幾数十、幾百年と続く人生の旅路で、何を『目的』に『何処』に進んでいけば良いのか。
 突然眼前に開けた広大すぎる世界に、正直途方にくれていた。
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 ――――そうか。そんな事も旅の『目的』になるのか。
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 何も難しく考えることもなかったのだ。
 些細なことも目的となり、人が前へ進む意味や力となる。
 戦争を終結させ、大きすぎる目的を達成したばかりの自分は、目の前に据える『目的』というものを大仰に考えすぎて、進む道を探しあぐねていたのかもしれない。

 胸にかかっていた霧が晴れて、一筋の光明が見えた気がした。

 『本のルーツを辿る旅』(自覚はなかったが、どうやら傍からすると自分たちの行動はそう見えたらしい)
 なんとも面白そうな目的ではないか。
 ……しかもこの道は。空は。海は。テッドが見て歩いて、辿った道かもしれないのだ。

 数年前、胸の奥底に置き忘れてきた純粋な好奇心や探究心、冒険心といったものがむくむくと湧き上がって来て、自然とシュリの表情が輝いてくる。
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 隣でシュリの表情の変化を見てとったグレミオは、驚きに目を見張った。
 こんな生き生きとしたシュリの表情を見たのは一体何年ぶりだろう。
 まるでテッドが一緒に居た頃のような―――
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 戦場を共に駆け、大人びた面を多く見ていた仲間たちが今のシュリの顔を見たら、驚くのではないか。
 シュリはこんな、好奇心に満ちた顔も出来る少年であったのか、と。

 グレミオはこみ上げてきた嬉しさに笑みが漏れるのを隠し切れず、シュリに怪訝な顔をされたが、顔を締めることが出来ず、その日一日中満面の笑みを浮かべ続けていた。

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 一冊の本をきっかけに旅の目的地となった海。
 海へとたどり着いたシュリの次なる行き先は、物語の発祥の地域である群島諸国へと定まった。

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***Crossing :1


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 四方を見渡せども水平線以外見えるものの無い青い大海原の真ん中で、燃えさかるような太陽が容赦なく船を照らしつけている。

 目に鮮やかな青空の下で白い日差しを一身に受ける船だが、一歩船内に入ると途端にほの暗さに包まれる。あかり窓の取れぬ奥まった場所ともなるとランプの火が灯されていても、なお暗かった。

 水夫たちの休息場兼・寝床として船底近くの荷物置き場の一角に設けられた場所に、2人はいた。
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 「平気か、グレミオ?」
 「はい、大丈夫ですよ、坊っちゃん」
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 うなずいてみせるもののグレミオの顔色は悪い。
 無理をして笑っているのは明らかで、そんな従者の姿にシュリは眉根を顰める。
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 「無理して笑わなくていい」
 「……面目ありません、坊っちゃん。こんなことになってしまって」
 「いや、この仕事を請け負った僕だ。すまない、考えが甘かった」
 「そ、そんなとんでもない! 私が勝手に倒れてしまっただけなんですから!」
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 「坊っちゃんに面倒をかけてしまい情けないです…」力なく呟いて上掛けの布の中に顔を隠したグレミオの様子に、シュリは聞かれぬように溜息をついた。

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 2人は今、下働きの臨時水夫として、群島諸国へと向かう客船に乗り込んでいる。


 群島諸国に行くには船という交通手段が必要で、シュリたちは定期便の出ている港へと足を運んだ。
 しかし乗ろうとした客船は既に満席で、次の出航待つと一ヶ月もかかるという。
 どうしようかと思案していたときに、この船で臨時水夫を募集していることを知り、労働者の契約を結んで、乗組員として船に乗り込んだのだった。

 グレミオは主人が船倉での下働きを請け負う事に難色を示したが、シュリに労働を厭う気持ちは無い。

 手持ちの金は、乗船料金を差し引いても支障がないくらいに余裕はあったのだが、まだまだ長く続く旅路を考え路銀を節約するにこしたことはないだろう。
 今後、路銀が寂しくなれば、いつ資金を稼ぎながらの旅になるかもしれない。こういった事に慣れておくのもよい機会だという気持ちもあった。
 賃金はもらえるし、次の目的地までの船代も浮く。一石二鳥のつもりで乗船したのだが……

 船に乗り込んで3日目、グレミオが倒れた。

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 「灼熱の太陽が照りつける下で坊っちゃんを働かせるわけにはいきません!」と頑固に捲くし立て、より大変な甲板作業をひとりで請け負った結果だった。

 「グレミオはゆっくり休んでいてくれ」
 「坊っちゃん、仕事は大丈夫ですか?」
 「幸い水夫長が気のいい人物で、グレミオの看病をするために今日は僕の午前の仕事を免除してくれた」
 「ああ、あの水夫長さん! 怒ると怖いし仕事に厳しいですが、色々気を配ってくれて気持ちの良い方ですよね」
 「だから心配しないでいい」
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 己の体調の悪さを棚に上げてやたらと心配してくるグレミオを何とか宥めて廊下に出たシュリは、思わず舌打ちする。
 グレミオにでも見られたら「行儀が悪いですよ」と顰め面をされそうだが、今彼は隣にいない。
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 ――今回は明らかに僕の判断ミスだ。
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 たった3日の間に、船上での仕事が容易ではない事をほとほとと思い知らされたシュリである。
 解放軍時代に湖上の船に乗った経験が船での仕事を決めるのに後押したが、湖と海では規模も環境も、勝手も違いすぎた。そして自分のあの時の経験は、船を操作し、作業する側のものではなかったのだと今更ながら思い至ったのだった。

 戦時中に培った体力と気力で何とか乗り切っているが、慣れない環境と仕事にシュリ自身もかなり参っている。
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 加えて、倒れたグレミオの看病。
 むしろこちらの方が彼の頭を悩ませていた。

 物事に聡くたいていの事を器用にこなすシュリも、グレミオの専売特許であり、自分にとっては未知の『看病』…家事といった分野に、なにをどうすればよいのかさっぱり手順が思いつかない。

 シュリにしては珍しく、途方にくれて重い溜息をついた。

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 ド、ドドドゥ と。
 壁の向こう側から、側舷に波が当たって砕ける振動が伝わってくる。
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 今、この船は順風で海原を進んでいるのだろうか。
 あと何日で陸地にたどり着く?
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 とりあえず喉の渇きを訴えていたグレミオの為に、水夫達に割り振られた水樽に水汲みにいこうと、シュリは船底に向けて歩き出した。
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 と、その時
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 「あれ。君は…もしかしてシュリ君?」
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 覚えのある声を背後に聞きとり、振り返る。
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 「あなたは、」
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 目を凝らして見つめた薄暗い廊下の先、
 そこに立っていたのは―――つい先日港町で通った喫茶店で顔見知りとなった店員の青年。
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 なんで彼がこんなところに――?
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 「なんで君がこんなところに?」
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 シュリの内心の呟きと同じ言葉を、青年が口にする。
 闇に溶け込むようなシュリの黒い瞳と、対照的な海色の彼の瞳が、薄暗い船の中で交差した。

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Crossing :2>***


以前web拍手のお礼に置いていた話を加筆修正加えたものです。
海にたどり着いた時の話を飛ばして、海に出てからの話を先にもってきてしまいました(笑)。
初めてシュリが海を見たときの話はまたそのうちに…。

2005/10/16***
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