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 ―――時間はたっぷりあるから。 のんびり寄り道をしながら 行こうじゃないか

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***Crossing : Intermission(閑話) @


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 「あ。」
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 突然、青年が立ち止った。
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 「セス?」
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 数歩先へと進んでしまったシュリが、振り返って尋ねるように名を呼ぶ。
 隣まで戻ると、視線は横に向けたまま、セスが口を開いた。
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 「シュリ君。あの町へ寄っていかないかい?」
 「町?」
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 セスの指差す方角に目を向ければ、小さな建物群。
 大都市間を繋ぐ本街道から枝分かれした細い道先にある、小さな町だった。

 一面に広がる麦畑を挟んだ向こうに見える屋根影を目に映しながら、あらかじめ頭に入れておいた周辺情報を思い起こす。商工で栄えている訳でもなく、名所・名跡といった場所がある訳でもない、ごく普通の小さな街だ。……そういえばガイドブックに何か名物があると書いてあったような気もするが、ぱっと思い出さないところをみると記憶に取り留められるほどの物でもなかったのだろう。
 照合する町の名を引き出したシュリは、訝しげにセスへと視線を戻した。
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 「特別見るような場所がある町でもなかったように記憶しているけれど――?」
 「うん。普通の人には見るべきところも無いような、普通の小さな町。だけどね、」
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 呟くような語尾を聞き取れず伺うように隣を見るも、セスは目を細めたけで言葉を繰り返すことはしなかった。

 シュリはちらりと本街道の先に続く山を見る。
 自分たちは、用事を済ませるためにしばし別行動を取っていたグレミオと、この山を越えた関所の街で落ち合う約束を交わしていた。出来れば早く先へと進んで合流を果たしたい気持ちが大きかった。

 それにこの本街道は大きな国と国を結ぶ大動脈で、多くの人々が行き来している。
 『シュリ・マクドール』という人物を知る者に出会ってしまう可能性が無きにしも非ず、だ。
 あまり自分を知る人間と会いたくは無かった。 またその“何者”かが、万が一にも右手に宿す紋章の存在を知る者、狙う者へと連なってしまったら……

 少しの危惧から広がった不安の染みは、自然と旅行く足を急かす。

 眉を顰めたシュリはしかし、街を眺める思いの他真剣なセスの眼差しを見て、反論の言葉を飲み込んだ。
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 ―――自分も時折そういう目になるときがあるから気付いてしまった。
 ―――セスの瞳が、町ではなくその先を…過去の思い出を見つめている事に
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 碧い瞳は凪いでいて、彼の感情を窺い知ることは出来ない。
 しかしシュリよりもずっと長い時間を生き、旅を続けてきた彼は、様々な場所で様々な思い出を胸に刻みつけているだろうから。
 地図上ではさしたる要所でなくても、セスにとっては思い出の残る地なのかもしれないと思うと、申し出を断るのは躊躇われた。

 そうでなくとも、彼は旅の主導権をシュリに委ね、行き先をシュリの自由に任せながら旅の道連れとなってくれているのだ。
 幾許かの逡巡の後、申し出に承諾を述べようとして、ふと手元の地図の小ガイドに目を落としたシュリは言葉をとめた。
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 「町の名―――――まんじゅう」
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 しばしの沈黙の後に呟いたシュリの声を聞き取り、セスが振り返る。その顔には満面の笑み。
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 「そうなんだよ、シュリ君。 あの町の名物はまんじゅうなんだ」
 「…へぇ」
 「裏山でとれるキノコを使った野菜中心のタネが独特でね……」
 「……ほう」
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 低くなっていくシュリの声に気付かないのか、セスは幸せそうに町の名物である饅頭について語り続ける。
 自分の気遣いはなんだったんだと脱力感で座り込みたくなるのを抑えながら、シュリが大仰に溜息をついた。

 しかも。また……
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 「――また、僕は饅頭事に巻き込まれるのか?」
 「巻き込むも何も、前の“あれ”は君が間違えてついてきたんだろう?」
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 セスの言葉はもっともだったので、不本意ながらシュリは黙り込む。

 一つ前に立ち寄った国に滞在中、早朝に出かけるセスに朝稽古のつもりでついていったら、実は有名饅頭屋の開店15分で売り切れると言う限定まんじゅう目当ての行列に並ぶ為で…と言う事があったのだ。
 そのまま3時間も店の前で待つのにつき合わされた思い出は、苦々しく胸に残っている。

 ムツリと、どこかすねた風な表情をするのは大人びたところの目立つ少年には珍しいことだ。
 普段はどちらかというとシュリの行動に巻き込まれる側のセスはシュリの表情を横目で見て、くつくつと笑いを噛み殺した。
 隠し切れずに漏れた笑いを拾ったシュリにじろりと睨みつけられ、「ごめん」とセスは手を振った。
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 「実はね。あの町にまんじゅうを広めたのは俺なんだ」
 「――――は?」
 「昔、旅の途中で立ち寄ったとき、あの町は町おこしの為の名物を作ろうと苦難している所でね。
 裏の山で採れる珍しいキノコを具に使ったまんじゅうを作ってはどうかと提案したのが俺だったんだよ。ああ、懐かしいな。
 ちゃんとまんじゅうは町に根付いていたんだね。名物とも言われるほどになって、誇らしいような、くすぐったいような…」
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 突然のまんじゅう告白に呆けた処に、手にするガイドを覗き込んできたセスに、説明文横に描かれた絵を指差されて「このまんじゅうの焼印マークをデザインしたのも俺なんだけど、どうかな?」と聞かれて、どう返せと…?

 さすがのシュリも咄嗟に反応出来ずに口ごもる。

 「他にも旅先の色々な場所にまんじゅうを伝えているんだけどね」と、妙に嬉しそうに地図上の点を指差し語るセスの言葉を耳に入れつつ、とり合えず出てきた言葉は…
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 「旅先でまんじゅうを広めて――世界地図をまんじゅうマークで征服しようとでもしているのか?」
 「人聞きが悪い。まんじゅうの世界布教・伝道と言って欲しいかな。
 まんじゅうというものもなかなか侮れないんだよ。ただ美味しいだけじゃなくて、中身を変え、色・形・焼印を変えれば町の名物となって、観光や町おこし、人助けになることもあるし。
 世界征服よりも自然に優しく人に優しい、平和な活動だろう?」
 「――そうだったのか」
 「……もしもし? 思い切り本気にしていませんか、シュリ君?」
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 時折、軽い冗談のはずが大真面目に真に受けることのある少年のそれらしき反応に、セスは笑顔のままたらりと汗を流した。
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 「べ、別に俺はまんじゅう伝道師をしているわけじゃないから。そんな目にならないでほしいのだけど――」
 「世界中にまんじゅうが普及すれば、何処を旅していても好物を食べられるようになるしな」
 「………」
 「そこは否定しないんだな」
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 ボケをかましているくせに、的確に隠れたヒットポイントは突っ込む新・天魁星。…侮りがたし。
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 「ゴホンゴホン。 ええと。まあ、つまりはちょっと気晴らしがてら“寄り道”しないかって事だったんだけどね」
 「寄り道?」
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 シュリは訝しげに首を傾げる。
 微苦笑して、セスは目を少年から街道の先に移した。
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 「グレミオさんと落ち合う約束をしているから早く山を越えたほうが良いのかもしれないけど、待ち合わせの日には余裕をもっているから、半日や一日くらいどこかに立ち寄っても充分間に合うだろう? だから美味しいものでも食べにちょっと寄り道してもいいかなと思ったんだ」
 「だけどこの街道は人の往来も多いし、誰と出会うか解らないからなるべく早く――
 「シュリ君。道を歩いている時、周りの世界の風景は、色は、ちゃんと君の目に映っている?」
 「…え?」 

 視線を戻したセスが、つと少年の後ろを指差す。つられて後ろを振り向いたシュリの口から「あ…」と、声が漏れた。

 眼前には、収穫近い麦畑が一面に広がっていた。
 傾きかけた陽を受けて輝く黄金色麦穂がそよ風に緩やかに揺れる風景は幻想的で。まるで金箔をばら撒いた海がさざなみ立つ姿のようだ。
 一方、街道に沿って続く並木は、緑色から赤色へと変容し、美しいグラデーションを描き始めている。
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 ――――ああ。そういえばいつの間にか季節は実りの秋を迎えていたいたのだな。
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 何故、今まで気付かなかったのだろう。
 ぼうっと呆けたように周囲を見渡す自分の頭をポンと叩く手に、我に返ってシュリは振り返った。
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 「…セス」
 「まっすぐ道の先だけを見て進んで。左右を見る目は、周囲から自分に向けられる意識を感じ取るばかりに使っている。疲れないかい?
 まだまだ旅は続いていくんだ。 いくら君でもそれではいつか神経が擦り切れてしまう」 
 「!」
 「俺の経験からすると、長く旅を続けるコツの一つは、ゆっくり周囲の風景にも目を向けて道ゆきを楽しむ事。 そして、たまには本筋から外れて寄り道もする…かな?」
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 ぽんぽんと頭を叩かれ向けられた笑みが、誰かと重なる。
 ふと。 蘇った記憶に、シュリは目を見開いた。

 あれは――帝国将軍の息子としての教養を身に付けるためと気負って勉強に武術に、がむしゃらに打ち込んでいた頃。
 自分の腕を掴んで外に連れ出し、今と同じように頭を叩きながら「息抜きも必要だぞ」と。
 ニッと、陽気な笑顔を向けて言ったのは――無二の親友。

 顔も口調も性格も全然違うのに、セスの自分を見つめる瞳が親友のものに重なって見えて、ふいにシュリは肩から力が抜けた。
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 「そうだな。ガイドブックによると名物まんじゅうの評判は、遠方からわざわざ買いに来る者もいるくらい高いそうだし、グレミオへの土産にも丁度良さそうだ。 寄り道して買いに行くのもいいかな」
 「あのまんじゅうがお土産なら、きっとグレミオさんも喜ぶと思うよ」
 「まんじゅうの伝道師殿がその昔、町の危機を救うために伝えたというまんじゅう。僕も楽しみだ」
 「……だから、まんじゅう伝道師は違うから……」
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 肩を落としたセスに、今度はシュリが笑い出した。睨みつけるも、少年がその程度で怯むはずも無い。
 ニッと口元に笑みを引いて、向こうの町を指差した。
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 「さあ。日が暮れる前に行こうか」
 「そうだね」
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 朗らかな笑い声を立てて話す2人の声が、麦畑の小道の奥へとゆっくりと逸れて行く。

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 ――――時間はたっぷりあるから。 たまには寄り道もいいんじゃないかい?

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Intermission:@...END***


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「Crossing」の閑話です。
 セスのまんじゅう伝道師話(違/笑) 

この話し、一番上の2人の絵を描いていてふと思い浮かんだ小話で 
本当は「セスが寄り道を言い出した町の名物がまんじゅうだった」というだけの内容だったのです。 
それがいつの間にか話の風呂敷が広がって…(毎度の如く/爆) 
終ってみれば微妙に真面目な話になっておりました。(あれれ?/汗) 
なかなか書き終らないわけです。物語の主旨が途中で変わってしまったので…(苦笑) 

今回はシュリのストッパー的な役どころのセスですが 
彼もこのときのシュリと同じように、常に何かに追われているような焦燥感を抱いて 
常時気を張り神経をすり減らしていた時期もあったと思います。
そんな山越え谷超えてきた経験有り、150歳の言葉ということで(笑)。

あと“寄り道”。 
使用人身分だったセスは、多忙な仕事の合間の短い休息時間に息抜きをしていた為 
仕事と休息のメリハリというか、上手い息抜き方法を知っている(身に付けている)感じです。 
その辺り、シュリは下手そうな気がしますね(苦笑)。 

設定的には、この時期、シュリ(1主)はセス(4主)が真の紋章を持っていて 
見た目よりも永い時を生きていることは知っているけれど、セスがテッドの知り合いということは 
まだ知らない。でしょうか?…多分(おいおい) 

 ちなみに、1時間軸の頃にはセスの一人称は「俺」に変わっています。 

2005/11/5***

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