***** | *:*** 御伽噺に生きる君 1主:シュリ*** *** *** ついに、少年はおおぜいの仲間たちとともに常世の国 ”ニライカナイ” にたどり着き その後、みんなと幸せに暮らしました。 *** めでたし めでたし *** *** *** シュリの部屋でお茶を飲んでいたテッドは、ふと目をやった先の机の上に積み上げられた本を見て、ぶっと噴き出した。 「テッド?」 テッドが何をさして「あんなもの」と叫んだのか見当のつかなかったシュリは、口元を引きつらせて指をさす彼の目線を追ってようやくそのものの存在に気付いた。 「ああ。もしかして『薔薇の騎士』の本のことか?昨日書斎の掃除をしていたときに見つけたんだ。 懐かしくなって久しぶりに色々読み返していたところさ。 ――本人と会ったことがあって、しかも一緒に戦いました。なんて言えるわけがねーだろっ。というか、言いたくもない…! もごもご言葉を濁して視線を逸らしたテッドの動揺っぷりに、そんなおかしな本だったか?と、シュリは首をかしげた。 「そういや書斎の掃除って、なんで坊っちゃんのお前がそんな事してたんだ?おまえん家ってお手伝いさんとか沢山いるはずだろ」 常に見せる、育ちのよさを感じさせる品のよい笑みとは打って変わって、青筋立てた友の凄みのある笑顔に、テッドは再び口元を引きつらせた。 「え、えーと…?」 ずんと部屋の温度が下がったような気がして、テッドは背中に冷たい汗を流す。 「――テッドは逃げたしな。結局僕が一人で書斎の掃除を仰せつかったというわけだ」 言い訳尽きたテッドは、眼前で両手を合わせてがばりっと頭を下げた。 「悪い。許してくれ、一生のお願いだ!」 毎度の如く繰り出されるテッドのお決まり台詞に呆れつつも、シュリは溜息をついて早々に怒りの形相を解いた。テッド相手にいつまでも怒っていられたためしはないのだ。 「別にいいよ。久しぶりに懐かしい本を見つけることも出来たからな」 出会ってから、いつも勉強用の教科書や歴史書なんかを読んでいるところしか見てない気がするしなぁ。 「僕だって童話を読んでいた時期くらいある。小さい頃は母上の膝の上で随分と沢山の話を読み聞かせてもらったよ」 机に積まれた本を手に取りながら、シュリは一冊一冊本の簡単なあらすじを諳んじていった。 本は年月を感じさせる黄ばみや色落ちはあるものの、破れや装丁のほつれも見られず、どれも保存状態がよい。真面目で物を大切に扱うシュリらしさを感じさせた。 「懐かしいなぁ」 呟いて顔を緩めたシュリが一冊の本を取り上げる。横から覗き込んだテッドは、題名を見て思わず瞠目した。 「っ!」 息を呑んだ気配に気付いたのだろう。シュリが問いかけるようにテッドに黒い瞳を向けてきた。 「あ、ああ……」 表紙に掛かった埃を丁寧に掃ってから、題字に指を滑らせる。 「 『
わだつみのふね 』 」 題名を読み上げ、テッドは食い入るように本を見つめた。 「そう。海の彼方にあると言う理想郷を目指して海へと冒険の船出した少年の物語。途中多くの人と出会い仲間を増やしつつ、幾多の困難に遭いながら海原を駆けぬけ、ついには常世の国“ニライカナイ”へとたどり着き、仲間達と幸せに暮らしました。めでたし めでたし……という海洋冒険譚だったかな」 何度も何度も読み返したのだろう。その本は他のものよりもずっと装丁のくたびれが目立っていた。それでも丁寧に補強がほどこされ、大切に読まれていたであろうことをうかがわせる絵本を、シュリは懐かしげに撫でた。 「僕は海を見た事はなかったからさ。湖とは比べ物にならない程大きくて、向こう岸も見えない海というには一体どんなものなんだろうと想像してわくわくした。 ――渡ったどころか、海上の船でしばらく生活していたけどな。 「海の水が塩辛いっていうのは本当か?」 ――戦いで怪我した体にあの塩水は随分と染みて、痛かった。 目を輝かせて矢継ぎ早に質問を重ねるシュリに答えながら、テッドは瞼の裏に一気に深蒼の海が押し寄せてくる錯覚を覚えた。 頻繁に思い起こしてきた記憶ではない。しかし150年経った今でも決して色あせることないのない、海で出会った人々と戦いの記憶。 思い浮かぶのは、自分の人生の転機ともなった、 ひたすらに鮮やかな碧色の世界。 時に優しく包み込み、時に激しく荒れ狂う。 「大きくなってから父上が話してくれたのだけど。この物語は、昔、群島諸国で起こった戦争がモデルになっていたのではないかと言っていたよ。旅をしてきたテッドなら知っているかな? どきりとして肩を跳ね上げたテッドの様子に、しかし熱心に本を見つめていたシュリは気付かなかったようだ。 「この戦争には、群島諸国同盟として起った軍を導いた英雄がいたらしい。幾つか歴史書を読んだけど英雄の存在を詳しく書いたものは見つけられなくてね。英雄の存在自体を疑問視する歴史書もあったくらいで彼の名は分からなかったのだけれど…。 マクドール親子そろっての洞察力に内心で舌を巻きながら、今度はテッドも揺らぎを表に現すことはしなかった。 ――まあ。本当のところは、群島周辺に古くから伝わる伝説、海の彼方にあると言われている常世の国“ニライカナイ”の方を語源にして、“ニルヤ軍”の名が付けられたんだけどな… ふと。どこか答え待つ生徒のような目でじっと見つめてくるシュリに気付いて、テッドは苦笑した。 「俺も詳しいことは知らないぞ…。 残念、とこぼした溜息のなかに微量の役立たず的なニュアンスを感じ取ったのは、テッドの被害妄想かどうか。思わず親友の頭をパシリと叩いてやると、何をするっ!とすぐに拳が返ってきた。 「……この物語は、さ」 ――今では、この地域では航海の守り神として信奉を集めている 「へえ。物語が生まれた地域では、本で語られていない部分が存在することがあるんだな。 渡された本を受けとり、テッドはゆっくりと表紙をめくった。 はらりと開いた最初のページには、主人公の少年が描かれた口絵が1枚。 史家の編み上げる年代記にも、詩人の語り弾く伝承にも、小説家の筆描く戦記にも、名を残さなかった群島の英雄は、しかし。 ――あれから150年。“彼と言う人”を知るのはもう自分だけかもしれない。 テッドはひっそりと口元をほころばせる。 「テッド、今読むつもりじゃなかったのか?」 本を机に乗せて立ち上がったテッドは、シュリの背を押して部屋の外へと押し出す。 「…一昨日だって、テッドがもう少し待ってくれさえすれば終わらせることができたはずなんだけどな」 騒がしく2人が去っていった後の部屋の中。 *** *** *** 御伽噺に生きる君**END***** 2005/09/08*** |
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