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  御伽噺に生きる君

1主:シュリ***


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ついに、少年はおおぜいの仲間たちとともに常世の国 ”ニライカナイ” にたどり着き

その後、みんなと幸せに暮らしました。

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めでたし めでたし

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シュリの部屋でお茶を飲んでいたテッドは、ふと目をやった先の机の上に積み上げられた本を見て、ぶっと噴き出した。
親友の唐突な反応に、シュリはカップから口を離して目を瞬く。
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「テッド?」
「い、いや。お前あんなのもの読んでるのかぁ!?」
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テッドが何をさして「あんなもの」と叫んだのか見当のつかなかったシュリは、口元を引きつらせて指をさす彼の目線を追ってようやくそのものの存在に気付いた。
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「ああ。もしかして『薔薇の騎士』の本のことか?昨日書斎の掃除をしていたときに見つけたんだ。 懐かしくなって久しぶりに色々読み返していたところさ。
大方の子供は一度は耳にするか読んだことがある有名な童話だろう。 テッドは読んだことないのか?」
「い、いや。読むも何も…」
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――本人と会ったことがあって、しかも一緒に戦いました。なんて言えるわけがねーだろっ。というか、言いたくもない…!
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もごもご言葉を濁して視線を逸らしたテッドの動揺っぷりに、そんなおかしな本だったか?と、シュリは首をかしげた。
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「そういや書斎の掃除って、なんで坊っちゃんのお前がそんな事してたんだ?おまえん家ってお手伝いさんとか沢山いるはずだろ」
「……それをテッドが言うのか?」
「へ?」
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常に見せる、育ちのよさを感じさせる品のよい笑みとは打って変わって、青筋立てた友の凄みのある笑顔に、テッドは再び口元を引きつらせた。
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「え、えーと…?」
「一昨日、勉強途中に抜け出して狩りに行ったのを見つかって、罰として僕らに書斎の掃除を言いつけられた筈だったろう?」
「あ。忘れてた」
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ずんと部屋の温度が下がったような気がして、テッドは背中に冷たい汗を流す。
動揺をごまかすために振ったはずの話題は、逆に墓穴を堀ったようだ。
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――テッドは逃げたしな。結局僕が一人で書斎の掃除を仰せつかったというわけだ」
「あ、ははは〜。に、逃げたわけじゃないぞ。ほら!俺って昨日は街での仕事の日だったしっ。仕方なしにだなぁ…」
「『忘れてた』と言ったのを、しかとこの耳で聞いた」
「う″」
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言い訳尽きたテッドは、眼前で両手を合わせてがばりっと頭を下げた。
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「悪い。許してくれ、一生のお願いだ!」
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毎度の如く繰り出されるテッドのお決まり台詞に呆れつつも、シュリは溜息をついて早々に怒りの形相を解いた。テッド相手にいつまでも怒っていられたためしはないのだ。
恨みつらみを引きずる性質ではないし、そもそも本気で怒っていたら、今のんびりテッドとお茶などしている筈がないだろう。
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「別にいいよ。久しぶりに懐かしい本を見つけることも出来たからな」
「そうそう!お前が色々な童話を読んでいたのは意外だなと思ってさ。なんていうか、小さい頃から小難しい歴史書とか読んでそうなイメージだし」
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出会ってから、いつも勉強用の教科書や歴史書なんかを読んでいるところしか見てない気がするしなぁ。
がしがし頭をかき混ぜながら言ったテッドの言葉を否定できずに、シュリは苦笑した。
積まれていたのは、確かにどれも今の彼が読むものとは思えない類の本…絵本ばかりだ。

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「僕だって童話を読んでいた時期くらいある。小さい頃は母上の膝の上で随分と沢山の話を読み聞かせてもらったよ」
「へえ。おふくろさんにねぇ」
「母上は読書家で家には沢山の蔵書があったから。読み語りも上手なひとで、父上も一緒になってよく聞いていたな。僕も強請って随分と御伽噺話しをしてもらったから、案外童話関係には詳しいぞ」
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机に積まれた本を手に取りながら、シュリは一冊一冊本の簡単なあらすじを諳んじていった。
易しい童話とはいえよく全部の物語の内容を覚えているものだと、シュリが読み上げる名に覚えはあっても内容の方はすっぱり忘れていたものが多かったテッドは、素直に感心する。
まあ、御伽噺に慣れ親しんだ子供時代から300年も経っているのだから仕方がないかもしれない。しかもシュリの手にある本の半分以上はここ百年程で書かれたものだ。

本は年月を感じさせる黄ばみや色落ちはあるものの、破れや装丁のほつれも見られず、どれも保存状態がよい。真面目で物を大切に扱うシュリらしさを感じさせた。
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「懐かしいなぁ」
「ん?」
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呟いて顔を緩めたシュリが一冊の本を取り上げる。横から覗き込んだテッドは、題名を見て思わず瞠目した。
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「っ!」
「父上が南方へ行ったときに持ち帰ってきてくれた本なんだけど…。テッドはこの本を知っているのか?」
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息を呑んだ気配に気付いたのだろう。シュリが問いかけるようにテッドに黒い瞳を向けてきた。
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「あ、ああ……」
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表紙に掛かった埃を丁寧に掃ってから、題字に指を滑らせる。
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「 『 わだつみのふね 』 」
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題名を読み上げ、テッドは食い入るように本を見つめた。
この物語を本の形で見たのは初めてだが、あの戦争の数十年後。再び訪れた島で親が子供に御伽噺するのを聞いた覚えがある――
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「そう。海の彼方にあると言う理想郷を目指して海へと冒険の船出した少年の物語。途中多くの人と出会い仲間を増やしつつ、幾多の困難に遭いながら海原を駆けぬけ、ついには常世の国“ニライカナイ”へとたどり着き、仲間達と幸せに暮らしました。めでたし めでたし……という海洋冒険譚だったかな」
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何度も何度も読み返したのだろう。その本は他のものよりもずっと装丁のくたびれが目立っていた。それでも丁寧に補強がほどこされ、大切に読まれていたであろうことをうかがわせる絵本を、シュリは懐かしげに撫でた。
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「僕は海を見た事はなかったからさ。湖とは比べ物にならない程大きくて、向こう岸も見えない海というには一体どんなものなんだろうと想像してわくわくした。
果ても見えないという広大な海の上を縦横無尽に船で駆けまわり、危険で困難な航海を仲間たちと共に乗り切っていく主人公の冒険に憧れ、胸躍らせて読んだんだ。
この物語は南の群島諸国の方では大衆的らしいけど、赤月ではあまり知られていない童話でね。テッドは良く知っていたな?」
「…俺は、旅の途中で群島諸国に立ち寄った事があるから」
「!じゃあ、海を船で渡ったこともあるのか?」
「ある」
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――渡ったどころか、海上の船でしばらく生活していたけどな。
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「海の水が塩辛いっていうのは本当か?」
「ああ。塩っ辛くてとても飲めたモンじゃない、どんなに透き通っていて綺麗でもな」
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――戦いで怪我した体にあの塩水は随分と染みて、痛かった。
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目を輝かせて矢継ぎ早に質問を重ねるシュリに答えながら、テッドは瞼の裏に一気に深蒼の海が押し寄せてくる錯覚を覚えた。

頻繁に思い起こしてきた記憶ではない。しかし150年経った今でも決して色あせることないのない、海で出会った人々と戦いの記憶。

思い浮かぶのは、自分の人生の転機ともなった、 ひたすらに鮮やかな碧色の世界。

時に優しく包み込み、時に激しく荒れ狂う。
深く広い “海”と“彼”の碧――
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「大きくなってから父上が話してくれたのだけど。この物語は、昔、群島諸国で起こった戦争がモデルになっていたのではないかと言っていたよ。旅をしてきたテッドなら知っているかな?
話を聞いてから僕もこの物語が好きだったから、色々調べてみたら、確かに百年以上昔に群島諸国では隣接する大国クールーク国との間に戦争が起こっていたんだ」
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どきりとして肩を跳ね上げたテッドの様子に、しかし熱心に本を見つめていたシュリは気付かなかったようだ。
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「この戦争には、群島諸国同盟として起った軍を導いた英雄がいたらしい。幾つか歴史書を読んだけど英雄の存在を詳しく書いたものは見つけられなくてね。英雄の存在自体を疑問視する歴史書もあったくらいで彼の名は分からなかったのだけれど…。
軍の名前は“ニルヤ軍”というらしい。
もし関連があるとするならば物語で主人公が目指す常世の国“ニライカナイ”の語源は軍の名前“ニルヤ”からきていて、仲間を率いて常世の国へとたどり着いた主人公の少年は、群島諸国を導いて平和をもたらした英雄を模していたのではないかな」
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マクドール親子そろっての洞察力に内心で舌を巻きながら、今度はテッドも揺らぎを表に現すことはしなかった。
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――まあ。本当のところは、群島周辺に古くから伝わる伝説、海の彼方にあると言われている常世の国“ニライカナイ”の方を語源にして、“ニルヤ軍”の名が付けられたんだけどな…
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ふと。どこか答え待つ生徒のような目でじっと見つめてくるシュリに気付いて、テッドは苦笑した。
貴族の子息としての教養を身につけ大人びた所のある友も、悪戯に巻き込んだときや興味津々に知識欲を満たそうしているこんなときは、年相応の少年の顔を覗かせる。それがテッドには好ましく思えるのだ。
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「俺も詳しいことは知らないぞ…。
群島諸国の方では過去、確かに今言ったような戦いが起こったらしいな。そして、この物語は戦争が起こった後に作られたものだから、シュリの言ったように物語の元になった可能性はあるだろうな」
「何だ。テッドも詳しいことまでわからないか」
「仕方ねーだろうが。旅の途中にちょっと立ち寄っただけの場所なんだからさ」
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残念、とこぼした溜息のなかに微量の役立たず的なニュアンスを感じ取ったのは、テッドの被害妄想かどうか。思わず親友の頭をパシリと叩いてやると、何をするっ!とすぐに拳が返ってきた。
笑いながらひとしきりやりあった後、疲れて椅子に座り込んだテッドが天井を見上げてぽつりと呟いた。
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「……この物語は、さ」
「テッド?」
「本だと『主人公の少年は常世の国“ニライカナイ”で幸せに暮らしました、めでたしめでたし』で終わっているみたいだけど。
群島諸島の方では、その後少年は海の守り神…“わだつみ(海神)となり、今でも”ニライカナイ”から船出しては海の平和を守っている…と言われてるんだぜ」
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――今では、この地域では航海の守り神として信奉を集めている
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「へえ。物語が生まれた地域では、本で語られていない部分が存在することがあるんだな。
御伽噺の中の少年が信奉を集めているということは、実在の英雄がモデルだと言う説はあながちはずれではないかもしれないな」
「……さあ、な。
シュリ。その本ちょっと借りてってもいいか?」
「ああ、いいよ」
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渡された本を受けとり、テッドはゆっくりと表紙をめくった。

はらりと開いた最初のページには、主人公の少年が描かれた口絵が1枚。
絵の下に印刷された主人公の名前を見て、テッドは目を細めた。

史家の編み上げる年代記にも、詩人の語り弾く伝承にも、小説家の筆描く戦記にも、名を残さなかった群島の英雄は、しかし。
海の民達が親から子へ語り継ぐ御伽噺の中で主人公に姿を変えて静かに、だが確かな存在感をもって生きづいていた。

――あれから150年。“彼と言う人”を知るのはもう自分だけかもしれない。
   けれども、
   群島諸国の為、平和の為に命を尽くし消えた“彼の存在”を、人々は今なお忘れてはいない
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テッドはひっそりと口元をほころばせる。
表紙を開いたその本を、中まで捲くることなくぱたりと元のように閉じた。
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「テッド、今読むつもりじゃなかったのか?」
「んー。家に帰ってから読ませてもらうよ。今日はおまえんちに遊びに来てたわけだし」
「別に興味があるなら本を読んでいてもいいけど…」
「いーのいーの!さっ今日はちゃんと勉強終わらせた後なんだろう?
脱走する必要もないし、心置きなく遊びに行こうぜ!」
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本を机に乗せて立ち上がったテッドは、シュリの背を押して部屋の外へと押し出す。
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「…一昨日だって、テッドがもう少し待ってくれさえすれば終わらせることができたはずなんだけどな」
「ん〜、ナンだって?聞こえないなぁ。 さー。今日は何しようかねぇ」
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騒がしく2人が去っていった後の部屋の中。
幾多もの御伽噺を抱いた本たちが、ガラス越しに差し込む光を受けて静かに佇んでいた。

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御伽噺に生きる君**END*****


2005/09/08***

 










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