「っくしゅん!」
*** 少女の可愛らしいくしゃみの音と共に、視界暗転。
次の瞬間、開いた目に飛び込んできたのは、網膜を焼きつけるような眩しい太陽の光だった。
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「……嘘だろう」
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白い雲が緩やかに流れる青い空。
降り注ぐ太陽がきらきらと小波に反射する、穏やかな碧い海。
右手に図書室で借りた本を、左手にコーヒーの入ったカップを握り締めたセスは、砂浜の上で呆然と呟いた。
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***1: Recall
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「セスさん、今日はお休みですか?」
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本を小脇に抱え、湯気の立つカップを手に廊下を歩いていたセスを呼び止めたのはおっとりと笑う魔法少女、ビッキーだった。
ほわんほわんとした少女の雰囲気につられ、セスも柔らかな笑みを浮かべて肯く。
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「うん。今日は休息を言いつけられてね」
「セスさんいつも忙しそうですもの。偶にはゆっくり休まないと」
「ビッキーにもいわれてしまったなぁ」
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珍しく武器でもなく、資料の紙束でもなく、戦闘の戦利品でもないものを抱えて廊下を歩く姿を見た者達に、すれ違うたびに掛けられた言葉。それと異口同音をビッキーの口からも聞かされ、セスは眉尻を落とした。
困ったような情けないような顔になった軍主の青年を見て、ビッキーがくすくすと笑い出す。
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「皆さん、心配しているんですよぉ」
「……ありがとう。うん、今日はゆっくり休ませて貰うよ。 明後日までは軍全体で動く予定はないから、ビッキーも好きなところでくつろいでくれていて構わないよ。 風が穏やかだから、僕はこれから甲板に出てのんびり本でも読もうと思っているんだ」
「ああ、それで本と飲み物をもって歩いていたんですね」
「そう。図書室で本を借りてサロンで飲み物をもらって甲板に上がる途中で、ビッキーに出会ったところ」
「コーヒーですね。いい香り……ふぇ…」
「へ?」
「……くっしゅん!! あっ」
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――――そんなやり取りの末、今に至る。
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「コショウでくしゃみというなら解るけど、コーヒーの香りで…っていうのは聞いてないよ、ビッキー…」
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セスはテレポートの衝撃でも奇跡的に中身をこぼさなかったコーヒーを見つめながら、がっくりと肩を落とした。
甲板へと休息を取りに行く途中だったので瞬きの手鏡を持っているはずもなく。
愛剣・胸当て等の装備はもちろんの事、いつものジャケットすら羽織っていない。今自分が所持しているのは、本とマグカップくらいだ。
テレポートで出現した先が先なら、からだを張ったギャグをかましているんですかあなた?と突っ込みを受けそうな格好である。
一体どこに飛ばされたのかと、ぐるりと周囲を見渡してみると何のことはない。
そこは見覚えがありすぎるほどある場所――無人島だった。
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「放り出された先が見知った場所だったのは幸いと、ここはひとつ喜ぶべきなのかな?」
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遠くへ飛びそうになる思考を何とか建設的方向へ軌道修正しつつ、頭の中に海図を描き出してコンパスを当ててみる。
はじき出した試算によると、今海上にある本拠地船とこの無人島の距離は船で二刻程か。
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「船を動かしても半日掛からない距離か。……ビッキーのテレポートならば一瞬だけど。
問題は僕をどこに飛ばしたか向こうで把握しているかどうか。それによっては半日どころか数日かかることだって――」
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海辺を乱舞していたトンボの一匹が、ひゅおっと風を切ってセスの顔の横を通り過ぎた。
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「急ぎで片付けないといけない仕事とか残ってなかったよな!?
えーと。備品の発注確認は早めに済ませてリストは渡してあるから大丈夫だし、協力関係を結んだ島に送る書類の捺印は終わっている。
……そういえばエレノアさんに出された課題が途中だった! 提出遅れて酒瓶を投げつけられるのは御免蒙りたい…って、今回はエレノアさん経由で休息を言い渡されたから延長してくれるかなぁ。
あ。フンギには魚介食材の追加頼まれていたんだ。引き網の様子をシラミネたちに聞きに行くつもりだったけど――代わりにここで蟹でも狩っていくか……?」
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ふわり。
風に煽られ立ちのぼったコーヒーの香りが鼻腔を掠めた瞬間、
あれやこれやと混乱気味に駆け巡っていた思考の渦が霧散した。
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「……。 ま、いいか」
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数瞬の間のあと、セスはあっさりと呟くと、とことこと椰子の木陰に入り座り込んだ。
幹に背をもたれかけさせながら、まだ微かに湯気を立てるコーヒーに口をつける。
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「今日明日で早急に手を付けないとけない問題もなさそうだし」
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お前が無人島に飛ばされたってことが一番早急に解決すべきな問題だろうが!?
隣に誰かが居たなら即刻突っ込んだところだろうが、ここは無人島。的確な言葉をセスに投げかけてくれる人間はいなかった。
セス的危機基準からすると、無人島に飛ばされたことよりも、備品の発注を忘れることの方が危機レベルが上にくる。そんなわけで本人、現状には大した危機感を持っていないのだった。
普段のセスの機敏さや周囲への気の利き様を知っている者たちが見ればギャップにつんのめってしまいそうな暢気具合だが、“スイッチ”の入っていないセスはこんなものである。
ワーカーホリックと思われがちだが、日々の慌しい生活の中で前面に出される機会があまりないだけで、大元にはのんびりした性質も持っているのだ。
しかしながら“スイッチ”のオン・オフの基準が彼独特で、しかもその緩急の付け方が極端なんだと、付き合い長いケネスやポーラ達は溜息をつく部分でもある。
***
ザザーン…。
寄せては離れるを繰り返す海は穏やかで。
空は晴れ渡り、波の上を渡って陸に吹き付ける涼風が心地よい。
甲板に向かう途中で思わぬアクシデントに遭ったものの、考えてみればこの場所でも「海を見ながら穏やかに読書に勤しむ」と言う当初の予定を遂行するのに支障は無い。
椰子の木の木陰でのんびりコーヒーを飲みながらの読書など、むしろ絶好の休息ロケーションかもしれない。
船の中では行方不明となった軍主の為にてんやわんやの大騒ぎをしているころ、露知らぬ本人は、足を投げ出して寛いだ体勢を作り、のんびりと本のページを捲り始めていた。
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「廊下には他の人も居たから僕がビッキーの力で飛ばされたところは目撃されているし、船には頭の切れる人たちが何人もいるから、どうにか迎えに来てくれるだろう」
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すぐに見つけてもらえなくても、勝手知ったる無人島。一日や二日、生活に困ることは無い。
最終手段としては、罰の紋章でも一発かませば、距離的に海上の本拠地船が気付いてくれるだろう。
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「……なんてことに紋章使ったら、迎えに来てくれた仲間たちにどつかれそうだけど」
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呟いてから、ふあっと大きな欠伸を漏らした。
本を読みはじめてまだ数ページだというのに、海風と日差しのあまりの心地よさに意識が途切れ途切れになってくる。
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「ここはモンスターの生息地からも遠いし、少しくらい寝てても大丈夫…だよ、な。
まあ、取り敢えず、回収してくれるまでここで眠って待つか」
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ふと、呟いた自分の言葉を反芻して瞠目する。
“迎えに来てくれる” “回収してくれる” …そんな言葉を自然と口にしていた自分に驚きを覚えたのだ。***
領主の家で使用人をしていた頃、自分を“迎えに来てくれる”存在などある訳がなかった。
従者として出かけた先で迷子になろうものなら、そのまま捨て置かれる立場で。置いていかれないよう必死に後を着いていった記憶がある。
それが今は。
どこへとも知れずに飛ばされた自分を、きっと迎えに来てくれるだろうと信じられる人たちが居る。
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「――そんな存在が自分に出来るとは…な」
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髪を揺らす柔らかな海風に、セスは目を細めた。
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++++++++
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そのままうつらうつらと舟をこぎ始めたセスは、瞼が落ちる直前。
自分を呼ぶ声を聞いた気がして、ゆるりと笑みを浮かべながら夢の中へと落ちていった。
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1:Recall...END***
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「眠っていますね」
「傍らに飲み物を置いて本を読みつつ昼寝…。 一応ここはモンスターも出るサバイバルな無人島なんだがな」
「ったく。 こっちは蜂の巣をつついたような騒ぎだったっていうのに、当の本人はこんなところで暢気に寝こけてやがるたぁ…!」
「さすがに、もう少し危機感を持ってもらいたいものだ」
「――でも、とても幸せそうな顔で眠っています」
「珍しいな。こんな無防備なセスを見るのは」
「……仕方ねぇ。日が落ちるまでこのまま寝かせておいてやるか」
「今日は休息日だからな。まだ日はあるし、ゆっくりしてもいいんじゃないのか」
「しっかし、随分と緩んだ顔して眠ってやがるぜ、こいつ」
「ああ。本当に」
「そうですね」
「何か良い夢でもみているのでしょうか?」
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以上、セスを迎えに来たポーラ・ケネス・ハーヴェイ・シグルドの会話でした。
焦って迎えに行ってみれば、セスは暢気に昼寝しているし、さぞかし脱力したことでしょう(苦笑)。
しかし、セスの幸せそうな寝顔を見た仲間達は、呆れながらもそのまま寝かせてくれるんだろうなぁと思います。
ケネスあたりには帰ってから説教されそうですけどね(笑)。
ちなみに題名「Recall」は、大好きなアーティスト「平沢進」氏のアルバム「Sim
City」より。第一曲目。
…もしかしらた、お題のように、このアルバムの他の曲名も使っていこうかなぁと言うことで、題名の前に“1”といれてみました。(予定は未定/苦笑)
2005/10/3***
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