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〜2〜***


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 「 はい? 」

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 間近から返ってきた返事に、急速に意識が引き戻される。

 ぼんやり開いた目に映ったのは、木造りの床や壁。
 風もうねりも凪いだ、穏やかな洋上に浮かぶ船の甲板に、俺は寝っころがっていた

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は振り向いた――

 「……!」
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 息を呑んで甲板から跳ね起きる。
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 「うわっと」
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 間近で上がった声にぎょっとして振り向くと、すぐ隣に、起き上がった自分をよけるように体をのけ反らせたセスが居た。
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 「――あ」
 「何か御用でしたか、リノさん」
 「…用?」
 「今、僕の名前を呼んだでしょう?」
 「!」
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 咄嗟に答えを返すせず、呆然と彼の顔を見た。
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 幸せな 夢を、見ていた。

 平和なオベルの地で、生誕祭の日に

 妻がいて、娘がいて、息子がいて、
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 ………息子?
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 あのとき振り向いた彼に自分が呼びかけた名は――――
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 「リノさん?」
 「! 悪ィ悪ィ。 別に何があったというわけじゃないんだ」
 「そうですか?」
 

 怪訝な眼差しをしていたものの、ありがたい事にそれ以上突っ込んだ問いを重ねてくることはしなかった。
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 「そういうやお前こそ、俺に用でもあったのか?」
 「あ、はい。実はこれをリノさんにお渡ししようと思って」
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 思い出したようにうなずいて、セスは腕に抱えていた袋をがさごそと開け始めた。
 中から取り出されたのは、丁寧に畳まれた、布。

 セスの手によって広げられた布の全形を見て、もう一度、言葉を失う。
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 ――――オベルの旗
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 「今日がオベル生誕祭の日だと、フレアが話していたので」
 「…!」
 「この国旗は、フィルさんに頼んで作ってもらったんです。王宮に保存されていた旗は、クールーク占領時に処分されてしまったと聞いたものだから。
 今は戦争中だから、大切な祭りといってもオベル出身の乗船員人たちだけ国に戻る許可を出すことは出来ないですし。 せめてもと思いまして」
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 戦争も終盤に差し掛かり激戦の最中、国を挙げた祭りだからといって軍の首脳部にいる自分が戦線を離れられるはずも無く。今年は公的な催しは行わないことに決めた。
 奪還されたばかりのオベルでは、今頃きっと、民衆が各自ささやかな祝いを行っているところだろう。
***

 「この船に乗っているのはオベル国の人たちだけじゃないから、軍を上げてお祝いするわけにはいきませんが、贈りものをするくらい構わないでしょう?」
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 ――エレノアさんに知られるとうるさそうなので、実は内緒なんですけどね
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 大人の目をかいくぐって悪戯を成功させた子供のように、セスは楽しげに笑ってみせた。
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 「オベル王である貴方にお渡ししておきます」
 「あ…りがとうよ」
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 渡されたオベル国旗を、ぐっと握り締める。
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 「では、僕はまだ仕事が残ってるのでこれで…」
 「ま、待ってくれ!」
 「?」
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 きびすを返して立ち去りかけたセスの腕を、思わず掴む。
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 「リノさん?」
 「次の…来年のオベル生誕祭に、この旗を、お前が揚げてくれないか?」
 「え」
 「セスにはオベルの国に対して…いや、実際はオベルだけじゃないが…色々尽力してもらっているから。
 来年の今日、この旗を平穏なオベルの地に揚げることが出来たとしたら、それはお前のお陰に他ならない」
 「来年、の祭りに僕が?」
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 何かを言いかけて口をつぐんだ青年が左手をぐっと握り締めたのを、見て見ぬふりをして続ける。
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 「平和の立役者であるセスに、是非やってほしい」
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 最初は戸惑っていたセスにも真剣さが伝わったのか、居住まいを正してあらためてこちらを向く。
 強い輝きを宿し皆を惹きつけてやまぬ碧い瞳が、じっと見つめてきた。
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 「まだ、終わっていないですよ」
 「ああ。 だが、終わらせるつもりだろ? 最高の結末で」
 「勿論」
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 最近、ふいに見せるようになった不敵な笑みにのせて、セスは言った。
***

 「――いいですよ」
 「ん?」
 
「旗を揚げる役、僕がやるという話」
 「…! そうか」
 「まぁ、中年に足を突っ込んだ王様に大旗を揚げる役は骨でしょうから、ね」
 「ぬわぁっ、んだとォ!?」
 「ははははっ」
 「にゃろっ。言うようになりやがったなっ!!」
 「わわっ。い、痛いですよ、リノさんっ」
***

 セスの首根っこを捕まえ、お返しとばかりにがしがしと髪の毛をかき混ぜてやる。
 自分の豪快な笑い声とセスの悲鳴が甲板に響き渡り、側を通りかかった者達が何事かと遠巻きに見つめていた。

***

 突き抜けるような青天の日だった。

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