***    

*:***

  〜フレア〜***


***

――こんな夢をみた。

 **

 ザ ザザザ…ッ

***

 海原を駆けるオベル哨戒船

 私は見張台の上で、弟と笑いながら語り合っている

 ***


***

 少年の肩越しにデスモンドが目を見開いている姿が見えた。
 盛んに口をぱくぱくと開閉して、音にならない声をあげている様子は、まるで酸素を求めて水面に上がってきた魚のようだ。
 笑みを浮かべてゆるりと佇む少年との対比が滑稽である。

 ――と。お目付け役の青年の狼狽ぶりをこと細かに観察しているフレアの思考は逃避に近く。
 彼女も、本来この船に乗船している筈の無い人物を前に咄嗟に言葉を出すことが出来ずにいた。
当の少年だけが周囲の驚愕など気にした様子も無く、さて僕は何の仕事を手伝うかな…などと暢気に辺りを見回しているのだった。

 ***

 「なっ。何故王子のあなたが哨戒船なんかに乗りこんでいるの!?」
 「それは王女のフレアにも言えるのではないかな?」
***

 ようやく搾り出した追及は即時に切りかえされ、フレアはう゛っと言葉を詰めた。
***

 「そ、それは…。 って、今は私の事ではなくて。 確かあなたは今日、明日と、天文学・海洋学の論文提出が控えているから忙しいって言っていたじゃない。 
 それに、何よりも明後日には王の名代で群島諸国会議に書簡を携えて行く予定だったでしょう!!」
***

 哨戒船が出航してから大分経つ。
 今から返して国に戻ったとして、帰路は逆風を間切って進まなければならないから往きよりもずっと時間が掛かるだろう。
 王宮に戻って準備をして、再び船を駆って……間に合うかどうか。
 むしろ、このまま会議の行われる場所へ向かった方が早いのではないだろうか。
 
 自分の弟は、大切な役目を負いながらこんな無責任な行動を起こす人間ではなかった筈だが――
***

 「大丈夫。論文は両方とも今朝までに終らせて書置きと共に机の上に置いてきたし、明日の勉強分は船に持ち込んだからここでにやれば遅れはとらないよ。
 それに、明後日持っていく筈の文書は父上を急かして先に書いてもらったから」
******

 ほら、と取り出した文書の入った筒をフレアの前で振って、少年は口元を上げた。
***

 「準備は万端。後はこの船に少しだけ足を伸ばしてもらえば、島へは余裕を持って着く事ができる」
 「…確かに今の航路を考えると行けない事も無いけれど…」
***

 フレアが顔を引き攣らせるのを尻目に、少年の言葉は更に続く。
** 

 「最近忙しくてゆっくり航海を堪能できる機会なんて無かったから、早く船に乗って海に出たかったんだ。
 ああ御免。一応哨戒船だからのんびりしていては不味いね。ちゃんと手伝うから、戦闘員でも水夫でも、どんどん使ってくれて構わないよ」

**

 頬を撫でゆく心地よい潮風に目を細めてしれっと言ってくれた弟の顔を、目を丸くして見つめる。
**

 「そういう訳でよろしく頼むよ。フレア姉さん」
**

 ―――嗚呼、そうだった。

 お転婆だ、王族らしくない行動を取る王女だとよく言われる自分であるが、本当の意味で突拍子も無いことをやらかすのは、真面目で聞き分けが良いと世間一般的に認識されている、この王子なのだ。

 何食わぬ顔で時々大それたことをやらかしてくれる弟の方が、よひど性質が悪いと思う。 (…本人自覚してやっているのか無自覚なのか、いまいいち判断がつかないあたりも曲者だ)
 弟がどのように自分の行動を書置きしてきたか知らないが、今頃王宮は王子不在に蜂の巣を突いた騒ぎになっているだろう。

 哨戒任務を途中放棄して、間に合うかどうか解らないが王子を一端オベルへ返すのか、それともこのまま哨戒任務を続けながら、会議の島まで運ぶのか――
 現在の船の位置を考えたらどちらが有益な選択かは考えるまでも無い。
 今、このタイミングで姿を現したところをみると、最初から計算済みだったようだ。
***

 「あなたって子は……確信犯っ!」
***

 己の普段の行いは棚に上げて、フレアは心底呆れたように声を上げた。
***

 空と海の境目で。
 髪と、額に巻かれた赤い組紐を柔らかくたなびかせて立つ少年の纏う空気は、甲板の向こうに広がる碧から飛び出してきたように爽やかだ。

 普段、胸をすくようなその笑顔は、しかし今は憎らしいばかり――
***

 「そうかな? 僕は“先人”に倣ったまでだけど」
 「先人?」
***

 フレアはきょとんと目を瞬く。
 はらはらとやり取りを窺っていたデスモンドが、2人の後ろで大きな溜息をついた。
***

 「リノ王やフレア様だけでなく、とうとう王子まで……。 はあぁぁ。これもオベル王家の血筋と諦めるしかないのでしょうか」
 「デスモンド?」
 「ぷっ…」
***

 疑問符を浮かべるフレアの横で、弟王子が盛大に噴出した。
 と、その時――
***

 『モンスターだ!!』

 「「…っ!」」
***

反対甲板から聞こえてきた叫び声に、3人の顔にさっと緊張が走る。
***

 「モンスターが…! お2人とも早く中へ逃げてください!」
 「逃げる? とんでもない。私も戦うわ」
 「フレア様!? し、しかし!」
 「それくらい承知で哨戒船に乗り込んでいるのだから」
 
***

 引きとめようと追いすがるデスモンドを振り切って武器を取りに船内に足を向けたフレアの前に、少年が立ちふさがった。
***

 「止める気かしら?そんなの――
 「止めようとして止まる姉さんではないだろう? ……僕も戦う」
 「!」
 「お、王子までっ!!」
***

 フレアを引き止める加勢がきたと喜んだのもつかの間。王子の言葉にデスモンドは堪らず悲鳴を上げた。
***

 「大丈夫だよ、デスモンド。 フレアは僕が守る」
 「なにを言ってるの。 “守るべきもの”は私なんかじゃない。 この船、オベル…海の平和でしょう!」
***

 朗々と。 王女の威厳と誇りに満ちた声が響き渡る。
 デスモンドは思わず姿勢を正し、少年は――姉とよく似た海色の瞳を、ふわりと緩めた。
***

 「フレアならそう言うと思った。 はい、弓と矢」
 「え?」
 「戦闘員を主張するなら、武器くらい常時携帯してないといけないね」
***

 一体何処に隠し置いていたのか。手渡された愛器を見つめて呆然とするフレアに、弟は不敵な笑みを一つ残して身を翻した。
***

 「…セッ。 ちょ、ちょっと待っ…!」
***

 フレアは我に返り、駆け出した少年の後を慌てて追う。
 モンスターの現れた甲板に集まっていた兵士の一人が、ふと風を感じて振り向き、あっと声を上げた。

 脇を通り抜けたのは、武器を手に駆ける、自国の王子と王女――

 居る筈の無い王子の存在と守るべき王女の戦地への突然の出現に慌てふためく兵士達をそのままに、2人はモンスターの前へ躍り出た。
***

 「フレアは後ろから援護を!」
 「任せて頂戴」
 「行くぞっ」
 「行くわよ、セス――!」

***

 


***

 モンスターへと向かう一瞬、
 確かめるように向けられた強い瞳の光。

 その鮮やかな残光は、私の記憶に刻み込まれた

***

***

NEXT>・・・・・・・・・・・・


2006/01/27・・・・・・・・・・

 










SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送