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めぐる日に晴れをよぶ 空に今も命の音がして 一陣の風は吹き…

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風の分身


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暗い船倉から階段を上り甲板に足を踏み出た瞬間、太陽の直射を受けて視界は真白に塗りつぶされる。
堪らず、押し戻されるようにシュリは船内へと一歩足を引いた。

「っ…」

今度は用心して、目を細めてゆっくりと外へと体を進める。
眇めたシュリの視界の先に、鮮やかな青い海が広がった。

――

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ぶお…っ

「!」

青い風が横切った。

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 + + +

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かざした手のひらの向こうに透けて見える太陽。
眩しさは万国共通なれど、海の上に照りつける陽の強さは格別である。
ちりちりと肌を焼くような日差しというものがあるのを知ったのは、この群島の海の上でだ。

翻った布の端に頬を打たれて、シュリは我に返った。

――セス?」

湿気た帆布を乾かす作業をしていた筈が、いつの間にか青年は風と布と戯れるように甲板を駆け始めていた。
強風に煽られながらも翻弄されている様子は無く、顔に浮かぶ笑みは自然で屈託がない。
..
船倉から帆布を運び出してきたシュリは、一足先に甲板に上がった彼のそんな姿を見つけて目を瞬いた。

「あれが今回の作業工程の一つ……なわけは無いな」

呆れたように呟きながら、抱えていた布を甲板の端に下ろす。
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仕事を機敏にこなす、行動に無駄のない人物だというのは共に働くようになってすぐわかったことだった。
そんな彼が、もう少しでひと段落つくとはいえ仕事の合間に遊ぶような姿を見せるとは。
意外に子供っぽい一面を持っていたのだなと、新たな印象を受ける。
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ふと、本来彼の青年――セスはこんな仕事をする必要がなかった事を思い出して、シュリは“呆れ”を慌てて頭から振り払った。
あまりにも自然に水夫の輪にとけこんでいたので忘れていたが、彼は倒れたグレミオの代わりに雇われ水夫の仕事を請け負ってくれているのだ。
文句をつけるなど、おこがましい事この上ない。
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しかし、やっかいな雑事を請け負ってしまった筈のセスは、なぜか水を得た魚のように生き生きと動き回っていた。

「俺は海国の出身だから船上の仕事には慣れているんだ。今回はたまたま懐に余裕があったから客員として乗っていたけど、普段故郷に帰るときは水夫の一員として船に乗り込んでいるしね。気にしなくていいよ」

言葉に嘘はなく、船上の作業に手馴れた彼は、一人で自分とグレミオを足した以上に役立っている。
楽しげな姿を見ていると仕事を押し付けてしまった罪悪感と恐縮が薄れていくようだった。

「おーいセス。 そのまま帆布と一緒に飛んでくなよーっ」
「ははっ 気をつけるよ!」

甲板を通りがけに声を掛けた水夫に、青年は笑顔で手を振り返す。
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そういえばこの船の乗員たちと面識があると言っていたか。
水夫たちにとっては見慣れた光景なのか、風と帆布と戯れる青年を咎めるでもなく、笑って見ている。

「今日は風が強いからなァ。 気をつけないと凧になって空にまであがっちまうぜ!」
「わかっている……とっ!」
「ほれ、言ってる側から」

暗く、カビ臭い船倉で湿気を帯びてじっとりと重くくすんでいた帆布が、駆ける彼の後ろで軽やかに翻った。

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瞬間

甲板を吹きぬけた、 青い風

なびく生成りの布はまるで空を飛ぶ鳥の翼のようで

青年の駆けた後には、風の残像が


海に、空に溶け込むようにすそを広げた――――

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設定…話の流れとしては小説部屋「Crossing」の一部になります
このシーンのすぐ後が、「Crossing:風の色」に続きます

 
1主:シュリ / 4主:セス 

08.5.30 (後書き


 

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