***
***
***
***

〜1〜***


***

こんな夢をみた。


 ***

 ザザーン…

***

 遠くに広がる浜辺から
 ゆるやかに波が打ち寄せる音が聞こえてくる。

 街を見下ろす丘の上にポツリと一本立った大きな椰子の木陰に、俺は寝っころがっていた。

***


***

***

 「…さ…。おと……さん」
 「ん?」
 「おとうさん!!」
***

 自分の名を呼びながら近づいて来る気配に、眠りの淵にあった意識がゆるゆると浮上する。
 声の主が足元まで来るに至って、ようやく思考と身体が現
(うつつ)と繋がってきたようだ。
 瞼を持ち上げて眼前の人を瞳に映した。
******

 「なんだ、フレアか」
 「『なんだ』 じゃないわ。探していたのよ!」
***

 目の前に立っていたのは、怒りで頬を上気させたフレアだった。
 腰に手をやりこちらを睨みつける様相は、まさに仁王立つという表現がぴったりで。
 おお。くわばらくわばら。……反射的に口の中で呟いてから、はたと我に返る。

 何でこいつは怒っているんだ?

 目覚めたばかりのぼんやり霧がかった頭のままで、周囲をぐるりと見回した。

***

 ふと、すました耳に聞こえてきたのは、祭り囃子と陽気な喧騒の欠片。
 方々の建物の屋根に、ひらりひらりと。 風にはためく色とりどりの幟(のぼり)を目にして、すっと意識が鮮明になった。

***

 ―――ああ。そうか今日はオベル国生誕祭だ

 「もうすぐ式典がはじまる時間だっていうのに行方を眩ますんだから。
 慌てて皆で探し回っていたら、当人はこんなところで暢気に昼寝なんかしているんだもの。 呆れてものもいえないわ」
 「悪りぃ。悪りぃ。あんまりにも木陰が気持ち良さそうでな。 広場へ向かう途中に一休みのつもりで立ち寄って、そのまま寝こけちまったようだ」

 「まったく、演説をする国王がこんなで大丈夫なのかしら。 ……ねえ、お母さん?」
 「そうね」
 「―――っ」
***::

***

 くすくす
 碧い海と蒼い空の合間から生まれでた風かと錯覚するような涼やかな声が、耳に飛び込んできた。

******

 「でもこの人は、本番に強いから」
***

 大丈夫だと思うけれど、 と。
 娘の後ろから現われていたずらっぽい微笑を向けたのは、 愛おしい ひと
 たおやかな笑みが自分に向けられている。

 呆けるけている自分を、2人は不思議そうに見た。
***

 どうしたの、お父さん?鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているわよ」
 「木陰とはいえ、外は暑い日差しですからね。のぼせてしまったのかしら?」
 「あ…いや」

***

 この光景の、どこに おかしいところがある?

***

 ふぅ、と肺に詰った息を吐き出す。
***

 「『には』って、お前なぁ。何か含んでないか、その物言い?!」 
 「さあ、どうでしょう?」
***

 ころころと少女めいた仕草で笑われて、するりとはぐらかされた。
 お転婆と称される娘の気性は自分譲りだと言われるが、たまに垣間見える妻のこんな面も十分影響しているんじゃないかと、反論してやりたくなる時がある。

 くすくす笑いを漏らす二人の女性に不機嫌な視線を返してから、空を仰いだ。

 遠く、水平線と並ぶように浮かぶ雲以外、空をさえぎるものはない。
 晴れ渡った青い空が目に眩しい。
***

 ―――今日は、オベルが最も輝く日
**

 絶好の祭り日和の中、人々の盛り上がりは最高潮に達している。
 今日は、国のどこへ行っても活気に満ち溢れ、人々の明るい笑顔に包まれていることだろう。

***

 ―――何て、優しく 幸せな風景か。
***

 自分の隣には、呆れた風を装いながらもどこか楽しげに笑う愛しき娘がいて、穏やかに微笑む愛しき妻がいて、 そして……

***

 「早くいきましょう、あなた。 旗持ちのあの子も待ちくたびれているわ」
 「そうよ。重い旗を持ったままずっと待たされていれば、さすがに堪忍袋の緒が切れちゃうわよ!」
***

 木陰の中から、つと目をうつした2人の視線を辿れば、眼下の海辺へと行き着く。
 皆が街中の祭りへと繰り出してひと気のなくなった波打ち際に、オベルの旗を抱え持って立つ者の後姿が見えた。

 遠目にも鮮やかな赤いオベル王族服と、彼が支える背丈よりも高いポールの先に括り付けられた国旗が、波の上を駆ける風を受けて大きくたなびいている。

 正装が濡れるのも気にかけず、遠浅の海に膝まで入って波と戯れる姿を目に収め、自然と頬が緩んだ。

**

 いつのまにか、オベルの旗を一人でも支えられるまでに成長した、もう一人の自分の愛し子。

***

 「なぁに。あいつは海に浸からせときゃそれだけで機嫌が良いんだから大丈夫だよ」
 「まあ」
 「お父さん。もうあの子も子供じゃないんだから」
 「そうか?俺にとっちゃ、お前もあいつもずっと子供のまんまだからなあ。砂だらけになって浜辺を転げまわって…」
 「私にとっては、あなたもその子供のうちの一人ですれけども」
 「おいおい。 俺は子供と同レベルか?!」
***

 再び女性二人に笑われては、情けなく眉尻を落とすしかない。
***

 「さあ。いくら心地よいからといっても、あの子を待たせたままいつまでもここに居るわけにはいきませんよ。そろそろ行かないと」
 「そうだな」

***

 未練を断ち切るように一つ伸びをして、木陰から照りつける太陽の下へと足を踏み出した。
 穏やかな薄闇に慣れた目が、突然広がった明るすぎる世界に焼かれて、ちかちかと点滅する。
 木陰から日差しの下へと身体を移しただけなのに、別世界へと飛び出してしまったような、覚束ない錯覚におそわれた。

 軽い違和感と眩暈を覚えた頭を手で支えながら、振り払うように海とあいつの後姿に目を向けた。

***

 海辺と丘とは離れていて声が届くような距離でもなのに。

 偶然か。 風が、こちらの気配を伝えたのか
 ふと、 波と戯れていた足を止め、柔らかい髪を揺らしてあいつは振り向いた――

***

***

***

***

**************************************

「セス!」

  *
***

***


Next>

 

 


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送