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――― 覚えていてほしい    

僕は、 いつだってこの海から 皆のことを・・・  

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ビラ****


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+++ 2 +++

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ガッ。
鈍い音を背後に聞いて、キカは海に向けていた視線を甲板へと戻した。

「……どこのどいつだか知らねェが、っざけんなよ」

振り返った先。
マストを殴りつけたままの格好で吐き捨てるように言ったのは、腹心の部下の一人
ハーヴェイ。

「“騙り”なんて阿呆な真似をしている野郎が出た…だって?」

リノの話を伝えた途端に剣呑な気を宿した彼は、イラついた目で鋭く海を睨みつけた。

『お前らも何か情報を得たら教えてくれ』
言い残して去ったリノの船を水平線の向こうに見送ってから、海上にグリシェンデ号以外の船影は無い。

いつもは血気盛んな相棒を諌めるシグルドも、今日は静止の声を上げることをしない。
黙って海を見つめる彼自身、静かなる怒りを押さえ込んでいる事にキカは気付いていた。

「リノの話だと、悪行を働いているわけではなく、むしろ人道的行動をしているそうだがな」
「はんっ! 善行だ悪行だなんてことは問題じゃないですよ、キカ様。
 だれも、“あいつ”の真似なんかして良い筈がない。
――出きる筈もない。
 本当の事を知りもしないやつが…許せねぇ…っ!」

ガツっ!!

堅く握り締められたハーヴェイの拳が、再び側のマストを殴りつけた。

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キカは小さく息を吐いて、荒れるハーヴェイから凪いだ海へと目を戻す。

戦乱の海原をこのグリシェンデ号で駆けたのは、まだほんの一年前のこと。
再び会う機会は無いだろうが、共に船に乗り闘ったあのときの仲間達は、今もこの海続きのどこかで生活していることだろう。

しかし“ 彼 ”と再び合間みえることは、決して無い。

群島諸国連合軍の中核となった本拠地船の上で。
赤いハチマキを風になびかせながら指揮をとった軍主の青年は、
仲間たちを守るために命を使い果たして、その身を海へと還した
――

彼を弟分のように接していたハーヴェイやシグルドは、最期の衝撃と喪失感を払拭しきれず、いまだ心に残している。
“騙り”が出たという話に見せた過敏な反応が、彼らの抱く“傷”を如実にあらわしていた。

ふと、
部下達の様子を見ていたキカは、自分が彼らほど現状に動揺していないことに気付く。

情が薄かったのか?と自問して、すぐそれは違うと頭を振った。
彼の存在が海に消えたあと、…むかし愛する男を失った時と同じように…胸にはぽっかりと大きな穴が、開いた。

多くの者たちと出会い、影響し合い、綾織り上げられてきた人生のなかでも、
“彼”が残していった一閃の軌跡は特に鮮やかで。
その横糸は今も――この先も、決して色あせることなくキカの中に残るだろう。

 ―――それなのに。 何故私は、左程に喪失感を感じていないんだ?

エドガーを失った時と同じように胸に空虚を生み出しながら、
あの時とは違って、キカは体の一部を毟り取られたような痛みと虚無感に苛まれることは無かった。


ふぉっ

背後から、髪を巻き上げるように立上った風が、首元すり抜けて海へと駆けていく。
ふいに湧き上がり通り過ぎていった冷涼な風に、既視感がよぎる。

「……ああ、そうか」

キカは、懐かしい感覚に思い至って眼を細めた。

「こんな“風”を感じたとき――

彼と並んで剣を振るったときに生まれる旋風に似た――

風を追うように動かした視線の先には、ただひたすらに広く澄みわたった、碧い海。

「この “海の碧”を目にしたとき――

穏やかに笑ったときに彼の瞳が湛える色に似た――

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胸に出来た空洞が 埋まるような気がするからだ―――


06.8.8***

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