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*** *** *** ―――群島諸国の海には
*** ** *** *** *** トビラ島**** *** +++ 3 +++ *** * ザッバーーン!! * 傾ぐ船に容赦なく叩きつける水は 甲板に立つ者たちは、己の体を濡らすものがモンスターの血か肉か、飛沫から千切れた泡なのか…己の血なのか、最早区別がつかなかった。 * 夜の闇を引き裂くように、空には幾つもの稲光が走っている。 嵐の海とモンスターの来襲が、グリシェンデ号をつむじ風に舞う木の葉のように翻弄していた。 * 「ちくしょっ。嵐と、モンスターの襲撃が一緒にきやがるとは…ついてないぜっ!」 船の縁に掴み上がってきた人の胴ほどもある触手を叩き切りながら、ハーヴェイが叫ぶ。 「このままでは、嵐とモンスター、どちらに船を沈められるか…時間の問題です」 援護の魔法を放っていたシグルドが、指示を求めるように頭領を振り向いた。 「…こいつの本体が現れる前に何とか離脱を…」 ザアバッ * キカが言い終える前に、海が盛り上がった。 「なんだ!?」 海面を割るようにして現れたのは――モンスターの本体。 「…っ右回頭!」 一瞬で気を取り直したキカが声を上げた。 「ま、間に合いません…っ」 ただでさ嵐で利かぬ舵輪を何とか握っていた操舵手が、悲鳴を上げる。 「諦めるんじゃねえよっ!」 近くにいたハーヴェイが転がるように甲板を走って舵にすがると、操舵手と共に、全身の体重を堅い舵輪にかけた。 グリシェンデ号は僅かに頭を動かすも、その努力をあざ笑うかのように暴風が船首を不安定に揺らし、モンスターの触手が船を覆うように伸びてくる。 「―― っ」 誰もがこれで終わりなのだと、確信した その時 * 突如、モンスターとグリシェンデ号の間に大きな影が割り込んだ。 「何が…?」 カッ 暗雲覆う空を横に走った雷光が、モンスターの前に立ち塞がったものの姿を、キカの目に映し出す。 「!!」 刹那。 白銀の光に全形を浮かび上がらせたのは、かつて群島諸国の者たちが集中心となった船と寸分たがわぬ―― 「アイノカ、号?」 グリシェンデ号に広がったざわめきは * キカは、目を見開いた。 「…う、そ…だろ?」 呆然と、ハーヴェイが呟く声が背後から聞こえる。 赤いハチマキを暴風雨に忙しなくはためかせながら立つその姿は、リノが言ったとおりの“騙り船の船長”の容姿なのだけれど。 グリシェンデ号を見つめる“彼”は、見間違えよう筈も無く―― * 「あっ! 他のやつも出てき…っ」 巨大船の甲板の上。“彼”の後ろに続いて現れた者達によって、驚愕は更に重ねられる。 腕を組んでニヒルな笑みを浮かべる、赤い髪の壮年の女史 そのほかにも、幾人も。 いずれも、あの戦いで共に戦い、海へと命を還していった―― * 暗色に塗り重ねられた嵐の海の上で尚、鮮やかな碧を失わぬ“彼”の瞳が 『 こんなところで諦めるなんて あなたらしくないですよ 』* そんな声が、聞こえた気がした。 ** グオォォォーーーーォオっ! * 「モンスターが!」 魔物の咆哮によって、固まっていた時間が動き出す。 振り返った“彼”は、モンスターに鋭い視線を向けるとさっと大きく右手を振る。 と、巨大船はモンスターの攻撃を回避するために急速回頭を始めた。 ギャイィィ……っン!! 悲鳴とも雄叫びともつかぬ咆哮が響き渡り、傷を負ったモンスターが大きく悶えた。 双剣を腰の鞘から抜き出した彼は揺れる甲板を駆けて最後部まで行くと、暴れるモンスターが生み出す海のうねりも、乱れ飛ぶ波飛沫もまるでないかのような身軽さで跳躍し、小島のように波間に頭を出すモンスターの上に飛び移った。 己の領域に飛び込んできた突然の闖入者に、モンスターは狂ったように触手を振り回す。 そして、怯んだように攻撃が止まった、一瞬。 “左手” を 天へと突き上げた――― * 「!?」 ――― やめろ “それ” を使うな 声を上げたは誰だったか。 しかし腕は空へと真っ直ぐ伸びたままで。 遅れて海面を叩きつける、轟音 視覚と聴覚が狂うほどの凄まじい光と音の奔流が、キカ達を襲った。 * 数分だったのか、数十分経っていたのか。 あれだけの圧力を受けながら、グリシェンデ号の面々にも、船体にも被害は無い。 はっと思い出して姿を探した“彼”は、何事も無いようにモンスターに飛び移ったときと同じ身軽さで船へと飛び移っている所だった。 ズ、ズ…ズブズブ… 絶命したモンスターが、周囲に渦巻きを起こしながら海底へと沈んでいく。 * タッと。 口が動き、何かの言葉を形どった。 「……!」 瞠目したキカの様子から自分の言葉が通じたと解ったのか、 ふっと。口元を緩めて * 微笑んだまま、左手をすっと横に上げる。 つられたように彼の指さす方に目を向けると、その先には、海と空とを分ける水平線。 「…あ」 分厚く覆っていた雲の切れ間から、朝焼け色の空が顔を覗かせていた。 いつの間にか暴風は収まり、船体の間を早朝の爽やかな風が流れていく。 スーっと海と空の間の雲を割って、音も無く陽が昇り始める。 細かく波立つ海の上に、一線、二線…無数の光の帯が広がっていく―― * 暁色に顔を染めるキカの頬を、つっと一筋の涙が伝い落ちた。 舵輪にしがみつく様に体を預けていたハーヴェイも、モンスターに魔法を放つために支檣索の縄梯子を掴んでいたシグルドも、マストや命綱にしがみついていた海賊達も、みな 自分が泣いていることにも気付かず、 * ゴロゴロ… 嵐の名残の遠雷を耳にして、我に返ったキカが振り返る。 「!」 ―――そこには、穏やかにさざ波立つ碧い海が広がっているだけだった。 * * 「船は…?」 放心したように呟く部下たちの声を耳にしながら、キカは黙って巨大船の消えた海を見つめる。 ―――夢、ではない * 声は聞こえなかったが、“彼”の口がかたどった言葉は確かにキカの耳に届いた。 * * * それは最期の時に * 『 この海に、皆と共に居るから 』 * ―――お前は言葉通り、この海の上で私たちの事を見守っていたのだな 自然とキカの口元に、笑みが宿る。 * もう、胸に空洞は無かった。 * * 空を覆っていた嵐の雲は既に遠くへ去り、海は降り注ぐ太陽の力強い光に溢れている。 破れてひらり、ひらりとなびく帆の端に止めていたキカは、彼の船が消えた海へと再び目を移して静かに口を開く。 「いつか、この身を海に還したその時は。 私もかの船に―――」 * 嵐の残滓を凪ぐように湧き立った一陣の風が、キカの呟きを乗せて、碧く輝く海上を駆けていった。 * * * + + + 群島諸国の海には 巨大なその船は群島の海を巡り 群島の海を航海する船と、海上の平安を見守っているという * 彼の守護船を動かしているのは かつて群島に危機が迫ったときに立ち上がり、巨大船を駆り平和を護った * END 06.8.12 |
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